ここではないどこか
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お母さんが来るまでに家の掃除を終わらせて一息ついた。朝、仕事に行く透に「お母さんに会うだけだよ」と言った。それは嘘ではなく、紛れもない事実だ。家をぐるりと見回しても、これといって私たちの関係が露呈するようなものはなかった。
大丈夫。だって同じ家で暮らしながらセックスしてたんだよ……と今考えればかなり危ない橋を渡っていた当時を思い出す。といっても、つい3、4ヶ月前までのことだけど。
本当によくバレなかったよね……。離れて冷静になってみるとその事実が恐ろしく、背筋が冷えた。
喉が渇いたなぁ。水でも飲もうと食器棚からお気に入りのカップを取り出したときに、ピンポーンと来客を告げるインターホンが鳴った。
「はーい」
インターホンパネルで確認すると、やはりお母さんでエントランスのオートロックを解除する。なんだかんだ悩みつつも、久しぶりに会えるお母さんの姿を心待ちにしていた。
再度呼び出し音が鳴る。今度は玄関のインターホンを押した音だろう。念のためパネルで確認をしてから「いらっしゃい」と扉を開けた。
「ちゃんと掃除してるじゃない」
それが久しぶりに会う娘への第一声だった。「そりゃねー」となんでもない風に振る舞いながら、玄関まで掃除をしておいて良かったと胸を撫で下ろした。
「これ、お土産。あとで一緒に食べよう」
お母さんが少し上に持ち上げた袋は、私の大好きなケーキ屋さんのものだった。
「やったー!ありがとう」
両親の再婚で引っ越してきた5年前からずっと大好きだったケーキ屋さんで、最近また食べたいなと思っていた。苺と桃のムースケーキが絶品なのだ。
お母さんからケーキを受け取りそれを傾かないように丁寧に冷蔵庫にしまった。
「透は仕事なのよね?会いたかったわ」
「お母さんが急すぎるんだよ。まぁ、透の仕事の都合に合わせた方が会えると思うよ」
「そう?まぁ、忙しいのはいいことだけどね」
お母さんは嬉しそうに笑う。やっぱり息子が不安定な職業に就くことを心配していたのだなと感じた。
お昼ごはんはパスタを作った。フライパン一つで作れるクリームパスタだ。もちろん引き続き絶大な信頼を寄せているレシピアプリの手順と分量をきっちりと守った。
「香澄が料理するなんてねぇ」
パスタを一口食べるたびに「美味しい、美味しい」と口にするお母さんの顔の綻びにくすぐったさを覚える。「いつまでも子供じゃないんだから」と照れ隠しに言った私に、「あら、いつまでも子供よ」と微笑むお母さんを見て胸の奥がつきりと傷んだ。
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これこれ、この苺の酸味と上に乗ったクリームの甘味のバランスが最高なんだよね。久しぶりに食べたムースケーキは変わらず私を幸せにしてくれた。
「透の分も買ってきてるからね」
「うん。ありがと。帰ってきたら食べさせるよ」
お母さんの口から出る透の名前に苦しくなる。
「そういえば、晩ご飯はどうする?」
「うーん、お父さんが帰って来るまでには家に着いておきたいからねぇ。透は何時ごろに帰って来るんだっけ?」
「昨日聞いたときは19時って言ってたけど」
19時じゃあ無理だろうな。だいたい19時20分頃に帰宅していたお父さんのことを思い出す。
「ぎりぎりまで粘ろうかな」
「それならもう会って行きなよ。お父さんには連絡してさ」
「たしかにそうね」
そう言ってスマホを出したお母さんはどうやらお父さんに連絡を入れているようだった。
「顔を見たら帰るわ」と言ったお母さんにもう一杯コーヒーのおかわりを入れて、尽きない話を楽しんだ。
お母さんが来るまでに家の掃除を終わらせて一息ついた。朝、仕事に行く透に「お母さんに会うだけだよ」と言った。それは嘘ではなく、紛れもない事実だ。家をぐるりと見回しても、これといって私たちの関係が露呈するようなものはなかった。
大丈夫。だって同じ家で暮らしながらセックスしてたんだよ……と今考えればかなり危ない橋を渡っていた当時を思い出す。といっても、つい3、4ヶ月前までのことだけど。
本当によくバレなかったよね……。離れて冷静になってみるとその事実が恐ろしく、背筋が冷えた。
喉が渇いたなぁ。水でも飲もうと食器棚からお気に入りのカップを取り出したときに、ピンポーンと来客を告げるインターホンが鳴った。
「はーい」
インターホンパネルで確認すると、やはりお母さんでエントランスのオートロックを解除する。なんだかんだ悩みつつも、久しぶりに会えるお母さんの姿を心待ちにしていた。
再度呼び出し音が鳴る。今度は玄関のインターホンを押した音だろう。念のためパネルで確認をしてから「いらっしゃい」と扉を開けた。
「ちゃんと掃除してるじゃない」
それが久しぶりに会う娘への第一声だった。「そりゃねー」となんでもない風に振る舞いながら、玄関まで掃除をしておいて良かったと胸を撫で下ろした。
「これ、お土産。あとで一緒に食べよう」
お母さんが少し上に持ち上げた袋は、私の大好きなケーキ屋さんのものだった。
「やったー!ありがとう」
両親の再婚で引っ越してきた5年前からずっと大好きだったケーキ屋さんで、最近また食べたいなと思っていた。苺と桃のムースケーキが絶品なのだ。
お母さんからケーキを受け取りそれを傾かないように丁寧に冷蔵庫にしまった。
「透は仕事なのよね?会いたかったわ」
「お母さんが急すぎるんだよ。まぁ、透の仕事の都合に合わせた方が会えると思うよ」
「そう?まぁ、忙しいのはいいことだけどね」
お母さんは嬉しそうに笑う。やっぱり息子が不安定な職業に就くことを心配していたのだなと感じた。
お昼ごはんはパスタを作った。フライパン一つで作れるクリームパスタだ。もちろん引き続き絶大な信頼を寄せているレシピアプリの手順と分量をきっちりと守った。
「香澄が料理するなんてねぇ」
パスタを一口食べるたびに「美味しい、美味しい」と口にするお母さんの顔の綻びにくすぐったさを覚える。「いつまでも子供じゃないんだから」と照れ隠しに言った私に、「あら、いつまでも子供よ」と微笑むお母さんを見て胸の奥がつきりと傷んだ。
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これこれ、この苺の酸味と上に乗ったクリームの甘味のバランスが最高なんだよね。久しぶりに食べたムースケーキは変わらず私を幸せにしてくれた。
「透の分も買ってきてるからね」
「うん。ありがと。帰ってきたら食べさせるよ」
お母さんの口から出る透の名前に苦しくなる。
「そういえば、晩ご飯はどうする?」
「うーん、お父さんが帰って来るまでには家に着いておきたいからねぇ。透は何時ごろに帰って来るんだっけ?」
「昨日聞いたときは19時って言ってたけど」
19時じゃあ無理だろうな。だいたい19時20分頃に帰宅していたお父さんのことを思い出す。
「ぎりぎりまで粘ろうかな」
「それならもう会って行きなよ。お父さんには連絡してさ」
「たしかにそうね」
そう言ってスマホを出したお母さんはどうやらお父さんに連絡を入れているようだった。
「顔を見たら帰るわ」と言ったお母さんにもう一杯コーヒーのおかわりを入れて、尽きない話を楽しんだ。