ここではないどこか
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絶対になにかあったな。しかも俺には言えないこととなれば、恋愛関係である可能性が高かった。だけど追求できない。
問い詰めて「気になる人ができたの」と言われてしまえば?手放す選択しかできなくなる状況を作ることこそが恐ろしかった。ふぅ、と大きなため息を吐けば、智宏が心配そうな瞳を向けた。
「透大丈夫?疲れてるね」
「え、そう?最近忙しいからかもな」
智宏が次の言葉を発しようとしたとき、部屋の扉が開いて「おはよー」と仁くんと瑞樹が入ってきた。
「おっすー!」
「はよ」
仁くんが智宏の隣の椅子を引いて座る。必然的に瑞樹は俺の横に座ることになった。
「なに、なんか暗いね」
瑞樹にまで心配されるということは余程顔に出ているのだろうか。俺は「疲れてんのかもな」と返した。
「夏バテかもよ。最近急に暑くなったしな」
仁くんは言いながらスポーツ飲料をぐびりと飲んだ。
「あ、そういえばさ。みんなに、というか主に透くんに。あと、仁くんにもかな?言っておかなきゃいけないことがあって」
改まった瑞樹の言葉にみんなが注目する。俺に?なんだろう?全く見当がつかずに困惑した。仁くんも同様で、智宏も怪訝そうに眉を顰めた。
「いや、そんな構えないでよ。ただの報告」
みんなの困惑した空気をかき消すように瑞樹は大きな口を開けて明るく笑った。
「香澄さんに俺のこと好きになってほしいって言った」
「……え、お前香澄さんのこと好きだったの?」
しばしの沈黙のあと、仁くんが瑞樹の真意を確かめるように言い直した。
「うん」
こともなげに言い切った瑞樹を見て、羨ましさで心を掻きむしられた心地だった。愛しい姉さんを好きだと言い切る男。だけど俺はかける言葉を持っていない。資格がないのだ。
おかしい。俺は姉さんを唯一独占して、会いたい時に会えて、触れたい時に触れられる特別な存在であるはずなのに。
「姉さんはなんて?」
どうしてその答えを姉さんではなく瑞樹から聞かなくてはいけないのか。どうして俺はこうも自信がないのだろうか。
「あぁ、無理ってハッキリ言われたよ」
よかった、と心の底から安堵したのに、「でも」と瑞樹が言葉を続ける。
「連絡先は交換した。彼氏もいないみたいだし、blendsに迷惑がかからないように頑張るよ」
「だからこの前車の中で変なこと聞いてきたわけね」
仁くんは合点がいったようで、呆れた顔でそれでも笑っていた。
「そう。だから仁くん、ごめんねって」
「まぁ、好きにはなってなかったからね」
いいなぁ、仁くん。引き返せて。笑えて。俺はもうとっくの昔に無理なんだよ。
「てか、いつ言ったの?」
場の空気をうかがうように、智宏が控えめに尋ねた。
「昨日の朝」
だからか。昨日の姉さんの思い出したように微笑む姿は瑞樹に向けられたものだったんだな。
「透くんは弟だから聞いてるかもしれないけど。俺からも一応報告」
瑞樹の見知った笑顔が勝ち誇った風に見えるのはきっと俺の被害妄想だろう。そうだ、俺は弟。牽制される存在ではないのだ。
離れたい。手放したい。だけど囲っていたい。ぐずぐすに溶けて一つになれたらそれはどれほど幸せなことだろう。
姉さん、俺はどうすればいいの。姉さん、あなたはどうしたいの。
どうかその優しい眼差しで導いてほしい。
絶対になにかあったな。しかも俺には言えないこととなれば、恋愛関係である可能性が高かった。だけど追求できない。
問い詰めて「気になる人ができたの」と言われてしまえば?手放す選択しかできなくなる状況を作ることこそが恐ろしかった。ふぅ、と大きなため息を吐けば、智宏が心配そうな瞳を向けた。
「透大丈夫?疲れてるね」
「え、そう?最近忙しいからかもな」
智宏が次の言葉を発しようとしたとき、部屋の扉が開いて「おはよー」と仁くんと瑞樹が入ってきた。
「おっすー!」
「はよ」
仁くんが智宏の隣の椅子を引いて座る。必然的に瑞樹は俺の横に座ることになった。
「なに、なんか暗いね」
瑞樹にまで心配されるということは余程顔に出ているのだろうか。俺は「疲れてんのかもな」と返した。
「夏バテかもよ。最近急に暑くなったしな」
仁くんは言いながらスポーツ飲料をぐびりと飲んだ。
「あ、そういえばさ。みんなに、というか主に透くんに。あと、仁くんにもかな?言っておかなきゃいけないことがあって」
改まった瑞樹の言葉にみんなが注目する。俺に?なんだろう?全く見当がつかずに困惑した。仁くんも同様で、智宏も怪訝そうに眉を顰めた。
「いや、そんな構えないでよ。ただの報告」
みんなの困惑した空気をかき消すように瑞樹は大きな口を開けて明るく笑った。
「香澄さんに俺のこと好きになってほしいって言った」
「……え、お前香澄さんのこと好きだったの?」
しばしの沈黙のあと、仁くんが瑞樹の真意を確かめるように言い直した。
「うん」
こともなげに言い切った瑞樹を見て、羨ましさで心を掻きむしられた心地だった。愛しい姉さんを好きだと言い切る男。だけど俺はかける言葉を持っていない。資格がないのだ。
おかしい。俺は姉さんを唯一独占して、会いたい時に会えて、触れたい時に触れられる特別な存在であるはずなのに。
「姉さんはなんて?」
どうしてその答えを姉さんではなく瑞樹から聞かなくてはいけないのか。どうして俺はこうも自信がないのだろうか。
「あぁ、無理ってハッキリ言われたよ」
よかった、と心の底から安堵したのに、「でも」と瑞樹が言葉を続ける。
「連絡先は交換した。彼氏もいないみたいだし、blendsに迷惑がかからないように頑張るよ」
「だからこの前車の中で変なこと聞いてきたわけね」
仁くんは合点がいったようで、呆れた顔でそれでも笑っていた。
「そう。だから仁くん、ごめんねって」
「まぁ、好きにはなってなかったからね」
いいなぁ、仁くん。引き返せて。笑えて。俺はもうとっくの昔に無理なんだよ。
「てか、いつ言ったの?」
場の空気をうかがうように、智宏が控えめに尋ねた。
「昨日の朝」
だからか。昨日の姉さんの思い出したように微笑む姿は瑞樹に向けられたものだったんだな。
「透くんは弟だから聞いてるかもしれないけど。俺からも一応報告」
瑞樹の見知った笑顔が勝ち誇った風に見えるのはきっと俺の被害妄想だろう。そうだ、俺は弟。牽制される存在ではないのだ。
離れたい。手放したい。だけど囲っていたい。ぐずぐすに溶けて一つになれたらそれはどれほど幸せなことだろう。
姉さん、俺はどうすればいいの。姉さん、あなたはどうしたいの。
どうかその優しい眼差しで導いてほしい。