ここではないどこか
4
ただただ、すごい、という感想しか出てこなかった。
「これってグッズを買うための列だよね?」
開演の6時間以上前だというのに前後にずらりと並んだ人達に目を白黒させた。峯田さんから事前に聞いていたとはいえ、予想以上の大行例にただ息を飲んだ。
「深夜から並ぶの禁止になったんで、まだマシな方ですよ」
こともなげに言い切った峯田さんにたじたじになる。
「とりあえずペンライトを買っておけばいいんだよね?」
「そうです!あとはやっぱりうちわが定番ですね」
楽しそうに笑う峯田さんは、マスタードイエローのタートルネックに合わせたカーキのチェックスカートをふわりと揺らした。
峯田さんの推しメンバーである智宏くんカラーと、ファンの呼称に使われている緑を上手に組み合わせたおしゃれコーデだ。
どうやら推しカラーと緑を合わせることがライブ参戦コーデの鉄板らしかった。その証拠にあちこちで緑が揺れている。
私は昨日職場で聞いた押しカラーを思い返した。
智宏くんは黄色。仁くんは青。瑞樹くんは赤。そして、透は黒。なんてことはない。みんな苗字に使われている色をそのまま当て嵌めただけだ。
▼▲
「推しメンがいなかったら、とりあえず緑をどっかに入れておけばいいので!」そう言った峯田さんに従い、私はクローゼットの服を引っ張りだした。
瑞樹くんの顔を浮かべ赤色の服を探すが私のクローゼットに溢れているのは、黒ばかりだ。たまに、グレー、ブラウン、そして白。ボトムはカラー物もあるが、トップスはもっぱらベーシックカラーを好んで着ていた。その弊害がこんなところで起こるとは……。
カーキのパンツを引っ張りだし、トップスはクルーネックのシンプルな白のニットを選んだ。お気に入りの肩から肘までフリルが施された繊細なデザインのニットは色で弾いた。黒だけは絶対に着れない。
▲▼
▼
グッズを買うことがこんなに大変だったとは……。すでによろよろになりながらも、開場時間になったのでライブ会場に入る。
開演時間が近づくにつれて会場全体の空気が変わっていくのを感じる。会える。もうすぐで会える。私はその思いを心の底のもっと深くへと埋めた。
ポケットに入れた真っ赤なパッケージのルージュを握る。私の部屋にあった唯一の赤がこれだった。瑞樹くん、私を攫ってほしい。それだけを願いながら開演を待った。
開演と同時にステージに向かって四方から火花の柱が爆発音と共に勢いよく上がった。そこに飛び出してきたのは真っ白な衣装を身に纏った彼らだった。
思ったよりも冷静でいられたのは、周りから聞こえる悲鳴にも似た歓声に当てられたからかもしれない。私はただそこに突っ立ったまま、アイドルの黒岩透を見ていた。
チカチカとペンライトの光が揺れる。赤、緑、青、黄色、そして白。
「透くんのメンバーカラーの黒はペンライトでは点けられないので、白で!ソロのときは白にしてくださいね」
開演前に聞いた峯田さんの声が響く。
一切の汚れのない色。純粋でなんにでもなれる白。その白を汚してしまったのは私だ。あの日口づけなどせずにはぐらかしていれば、私たちは今も隣で笑っていられた。
一度黒になってしまった私の心が再び何色かに染まることはあるのだろうか。
ぎゅっとルージュを握りしめた。
「これってグッズを買うための列だよね?」
開演の6時間以上前だというのに前後にずらりと並んだ人達に目を白黒させた。峯田さんから事前に聞いていたとはいえ、予想以上の大行例にただ息を飲んだ。
「深夜から並ぶの禁止になったんで、まだマシな方ですよ」
こともなげに言い切った峯田さんにたじたじになる。
「とりあえずペンライトを買っておけばいいんだよね?」
「そうです!あとはやっぱりうちわが定番ですね」
楽しそうに笑う峯田さんは、マスタードイエローのタートルネックに合わせたカーキのチェックスカートをふわりと揺らした。
峯田さんの推しメンバーである智宏くんカラーと、ファンの呼称に使われている緑を上手に組み合わせたおしゃれコーデだ。
どうやら推しカラーと緑を合わせることがライブ参戦コーデの鉄板らしかった。その証拠にあちこちで緑が揺れている。
私は昨日職場で聞いた押しカラーを思い返した。
智宏くんは黄色。仁くんは青。瑞樹くんは赤。そして、透は黒。なんてことはない。みんな苗字に使われている色をそのまま当て嵌めただけだ。
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「推しメンがいなかったら、とりあえず緑をどっかに入れておけばいいので!」そう言った峯田さんに従い、私はクローゼットの服を引っ張りだした。
瑞樹くんの顔を浮かべ赤色の服を探すが私のクローゼットに溢れているのは、黒ばかりだ。たまに、グレー、ブラウン、そして白。ボトムはカラー物もあるが、トップスはもっぱらベーシックカラーを好んで着ていた。その弊害がこんなところで起こるとは……。
カーキのパンツを引っ張りだし、トップスはクルーネックのシンプルな白のニットを選んだ。お気に入りの肩から肘までフリルが施された繊細なデザインのニットは色で弾いた。黒だけは絶対に着れない。
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グッズを買うことがこんなに大変だったとは……。すでによろよろになりながらも、開場時間になったのでライブ会場に入る。
開演時間が近づくにつれて会場全体の空気が変わっていくのを感じる。会える。もうすぐで会える。私はその思いを心の底のもっと深くへと埋めた。
ポケットに入れた真っ赤なパッケージのルージュを握る。私の部屋にあった唯一の赤がこれだった。瑞樹くん、私を攫ってほしい。それだけを願いながら開演を待った。
開演と同時にステージに向かって四方から火花の柱が爆発音と共に勢いよく上がった。そこに飛び出してきたのは真っ白な衣装を身に纏った彼らだった。
思ったよりも冷静でいられたのは、周りから聞こえる悲鳴にも似た歓声に当てられたからかもしれない。私はただそこに突っ立ったまま、アイドルの黒岩透を見ていた。
チカチカとペンライトの光が揺れる。赤、緑、青、黄色、そして白。
「透くんのメンバーカラーの黒はペンライトでは点けられないので、白で!ソロのときは白にしてくださいね」
開演前に聞いた峯田さんの声が響く。
一切の汚れのない色。純粋でなんにでもなれる白。その白を汚してしまったのは私だ。あの日口づけなどせずにはぐらかしていれば、私たちは今も隣で笑っていられた。
一度黒になってしまった私の心が再び何色かに染まることはあるのだろうか。
ぎゅっとルージュを握りしめた。