ここではないどこか

 いつもよりもインターホンを押す手が緊張している。鞄の中に入れた誕生日プレゼントを外から触って覚悟を決めた。俺が香澄さんを幸せにする。

「お疲れ様。ライブかっこよかった」
「ありがとー。けど、香澄さんがどこにいるかわからなかった」
「わかるわけないじゃん」

 ケラケラと可笑しそうに笑う香澄さんにつられて俺も笑う。2人で笑い合う、それは俺の宝物のような時間だった。

「お酒あるけど、どうするー?」

 コップに水を入れながら香澄さんが聞いてくる。

「や、今日はいいや。香澄さんもお酒なしね。この前めっちゃ酔ってたから」
「その節はご迷惑をおかけしました」

 ばつが悪そうに眉を下げた香澄さんは俺に水の入ったコップを差し出した。

「ありがと」

 緊張を忘れようと、水を一気に流し込んだ。それを見た香澄さんが「そんなに喉渇いてたの?」と水の入ったペットボトルを俺の前に置いた。

「おかわりいる?」
「いらない。大丈夫」
「……どうしたの?今日なんか変だよ」

 俺を見つめる香澄さんの瞳が不安げに揺れる。
 俺の気持ちは2度伝えているが、そのどちらも明確な答えを受け取ることを俺が拒否した。
 拒絶されることが恐ろしいのだ。曖昧にしていればそばにいられる。それだけでいいじゃないかと思う心と、どうしてもこの人の特別になりたいと願う心が複雑に絡み合っていた。
 自分はもっと自信満々でどんなことも恐れないと思っていた。だけどそれはとんだ思い違いだ。だってプレゼント一つ渡すことがこんなに怖い。この人を失うことがこんなに恐ろしいのだ。

「実はさ、この前渡せなかった誕生日プレゼントを持ってきたんだ」
「え……うそ、嬉しい!!」

 香澄さんは花が咲くように笑った。
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