ここではないどこか

 このままじゃ危ないなぁ、と思ってはいたのだ。だけども迫り来る睡魔に勝てる人間がどれほどいるのだろうか。私の脆弱な根性はそもそも勝負を放棄していた。
 ソファが私を離してくれないのだ。これは勝負が始まる以前の問題だった。

 カタンと微かな物音に意識が浮上する。蛍光灯のチカチカとした灯りに思わず再度目を固く瞑った。
 リビングのソファで寝ていたせいで固くなった体を軽く伸ばして起き上がった。まだ寝惚けた頭は見慣れない部屋に「あぁ、ここ実家だ……」と徐々に認識していく。
 あれ、今何時だろ?透が夜中に来るって言ってたな。それまでに部屋に戻ろうと、スマホで時間を確認した。

「12時か……寝よ」

 部屋に戻る途中にお風呂場から明かりが漏れ出ていることに気づく。閉められた扉から微かにシャワーの音が聞こえる。
 透、帰ってたんだ。ソファに寝ていた私に恐らく気づいただろう。だけど、透は私に声をかけなかった。それが透の気持ちを如実に表している気がして、悲しくなった。

 部屋のベッドに入ったけれど、先ほどまで寝ていたからか全く眠たくなくなっていた。仕方ないのでスマホで漫画を読むことにする。瑞樹くんが「面白かったよ」とおすすめしてくれたバスケ漫画だ。
 瑞樹くんと頻繁に会っている時は読む気が起こらなかったのに、会えなくなった途端に読みたくなるなんて……なんというか我ながら現金なやつだなと呆れる。
 私がその漫画を「なにこれめっちゃ面白いじゃん!」と感じ出した頃、隣の部屋の扉が閉まる音が聞こえた。透が入ったのだろう。
 会いたいと思った。だけど透にはその気がない。私から会いにいけるほど厚顔無恥ではない。
 先ほどまであんなに面白いと感じていた漫画も、隣に透の気配を感じてからは読む気が失せてしまった。
 本当はこの夜を期待していた。もしかしたら以前のように話せるのではないかと。だけどそんなことはなかった。透は私のことが好きだったからあんなに優しかったんだな、あれほど気にかけてくれていたのだな、と初めて気づいた。
 惚れた腫れたがなければ関わることすらままならないなんて。
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