ここではないどこか

2

 今日はカレーか。ということは父さんと母さんは居ないな。
 門扉を通った途端にふわりと香ってくるクミンの匂いが今晩の献立と、両親の不在を知らせていた。玄関にきちんと並べて置いてあるのはやはり姉さんの靴だけであった。

「ただいま。今日父さんたちはデート?」
「……だからカレーなの」

 俺はなにも言っていないのに姉さんは不貞腐れたように下唇を突き出した。

「別に不満とかないよ。作ってくれるだけでありがとうございます」
「そうだね!しかも今日は透の忘れ物を届けた上での、これだからね」
「それはほんとに助かった……まじでありがとう」

 ふふんと得意げに笑った姉さんが「手を洗っておいでよ。ご飯にしよう」とカレー皿を調理台に置いた。用意された2人分の食器に視線を向けてから、俺は洗面台へと向かった。


「ほんとにカレーばっかでごめん」

 「いただきます」をしてカレーを一口食べると、姉さんが謝った。再婚をした両親がデートの日の晩ご飯は姉さんが作るカレー。毎度毎度カレーであることを気にしている姉さんのことを可愛く思った。

「いや、俺カレー好きだし。作ってくれるだけでほんとに嬉しいから」
「透は優しいからさぁ……ありがと。でも、来年から一人暮らしの予定だし、そうなったら料理頑張るから!」
「楽しみにしておくよ」
「あ、その目は信じていない目だなぁ」

 一人暮らしを始めてからするのは些か遅すぎるのではないのか……その言葉はぐっと飲み込んで笑みを返す。毎度カレーであることを気にしながらもレパートリーを増やそうとしない程には、料理に苦手意識があるようだった。

「料理とかの家事よりも、ただ単純に一人暮らしが心配だよ」

 これは家族としての気持ちです、と。さも当たり前の感情です、とでもいうようにさらりと言ってのけたのは紛れもなく男としての本音だった。

「姉さんって思わせぶりなところがあるから……変な男に気に入られないようにしてね」

 自分の口から出た言葉にハッとした。これは弟として正しい台詞だったろうか。姉さんはそんな心配を他所に「思わせぶりって……」とそれはそれは心外であると不貞腐れた顔をした。

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