ここではないどこか
3
なんてことないように自宅の扉を開けた。瑞樹くんはそこにいて、私を笑顔で出迎えてくれた。
「おかえりー。思ったより早かったね」
「ただいまー。そう?瑞樹くん、もうお風呂入った?っぽいね」
「香澄さんも入ってきなよ。と、その前に」
お風呂へ促しながら、瑞樹くんは私を正面から抱きしめた。首筋に鼻をつけてすんすんと鼻を鳴らす瑞樹くんはうさぎみたいだ。
「待って、私汗臭いと思うんだけど……」
「今さらじゃん。それに香澄さんの汗っていい匂いがする。美味しそう」
褒められてるのかなんなのか。気恥ずかしさに身を捩ると、離さないというように次は唇を寄せてきた。
ぺろりと生温く滑りを帯びた舌が私の首筋を這う。時折、ちゅっちゅと音を立てながら口づけを落とされる。自然と漏れ出る声にグッと下唇を噛んだ。
「そんなに力いっぱい噛んだら血が出るよ」
その姿を視界に入れた瑞樹くんが唇を離し、甘く囁いた。
「ほら、口の力抜いて」
彼の言う通りに力を抜くと、赤くなった下唇を瑞樹くんの人差し指がなぞった。そのまま躊躇なく口内に侵入してきた人差し指が私の頬粘膜をなぞり、舌を蹂躙していく。
必死に舌を瑞樹くんの指に絡めながら、恍惚とした表情を浮かべる瑞樹くんを見つめた。
熱に浮かされ始めた頭で私は瑞樹くんの気持ちを真に理解した。合コンなんかに参加して、瑞樹くんを傷つけてごめんね。その言葉は重なった瑞樹くんの唇に溶けて、消えた。
▼
私が合コンに行った日から、瑞樹くんは嫉妬心や独占欲を隠さなくなった。といっても、私は普段男の人と接する機会がほぼないので、妬くところなどないのだけど。
ただ、前にはしなかった行動をするのだ。
例えば、連絡を返すのが遅くなると電話をかけてきたり、2人でいるときのスキンシップが増えたり、所有印であるキスマークをつけてきたり、など、まぁ些細なことである。
私より5歳下の瑞樹くんは少しでも大人らしく振る舞おうとしていたのだろうか。今まで我慢させてきてしまったのだろうか。
素直に表現してくれることが嬉しい反面、私の心にどろりとした重い気持ちが降り積もっていく。
純粋に、全身全霊で私を愛してくれている瑞樹くんを裏切れない。傷つけられない。
愛し愛され付き合っている2人ならなんの足枷にもならない、寧ろ遵守すべき掟。
裏切らない。傷つけない。
なのにどうしてこんなに苦しい?どうして瑞樹くんからの愛を受け取る度に心苦しくなるのだろう。
なにも考えず、ただ一心に、彼からの降り注ぐような温かい愛を享受できたなら、どんなに幸せなことだろう。
違う。幸せだったのだ。
ついこの間まで、疑うことなく苦しむことなく、全身で享受していた愛。そこに浸かっていれば怖いものなどなにもなかった。
なのにどうして。
あの夜、微かに触れた手のひらの痺れがまだ治らないのだ。
私は、瑞樹くんをすでに
裏切っている。傷つけている。
だからこんなに苦しいのだ。
「行ってくるね。また連絡するから。愛してるよ」
デビュー6周年のツアーの為に家を空ける瑞樹くんが私に微笑む。
愛してる。愛してる。愛してる。
私も。きっと愛してた。
「気をつけてね」
手を振る瑞樹くんを見送りながら、たしかに私は終焉を感じていたのだ。
「おかえりー。思ったより早かったね」
「ただいまー。そう?瑞樹くん、もうお風呂入った?っぽいね」
「香澄さんも入ってきなよ。と、その前に」
お風呂へ促しながら、瑞樹くんは私を正面から抱きしめた。首筋に鼻をつけてすんすんと鼻を鳴らす瑞樹くんはうさぎみたいだ。
「待って、私汗臭いと思うんだけど……」
「今さらじゃん。それに香澄さんの汗っていい匂いがする。美味しそう」
褒められてるのかなんなのか。気恥ずかしさに身を捩ると、離さないというように次は唇を寄せてきた。
ぺろりと生温く滑りを帯びた舌が私の首筋を這う。時折、ちゅっちゅと音を立てながら口づけを落とされる。自然と漏れ出る声にグッと下唇を噛んだ。
「そんなに力いっぱい噛んだら血が出るよ」
その姿を視界に入れた瑞樹くんが唇を離し、甘く囁いた。
「ほら、口の力抜いて」
彼の言う通りに力を抜くと、赤くなった下唇を瑞樹くんの人差し指がなぞった。そのまま躊躇なく口内に侵入してきた人差し指が私の頬粘膜をなぞり、舌を蹂躙していく。
必死に舌を瑞樹くんの指に絡めながら、恍惚とした表情を浮かべる瑞樹くんを見つめた。
熱に浮かされ始めた頭で私は瑞樹くんの気持ちを真に理解した。合コンなんかに参加して、瑞樹くんを傷つけてごめんね。その言葉は重なった瑞樹くんの唇に溶けて、消えた。
▼
私が合コンに行った日から、瑞樹くんは嫉妬心や独占欲を隠さなくなった。といっても、私は普段男の人と接する機会がほぼないので、妬くところなどないのだけど。
ただ、前にはしなかった行動をするのだ。
例えば、連絡を返すのが遅くなると電話をかけてきたり、2人でいるときのスキンシップが増えたり、所有印であるキスマークをつけてきたり、など、まぁ些細なことである。
私より5歳下の瑞樹くんは少しでも大人らしく振る舞おうとしていたのだろうか。今まで我慢させてきてしまったのだろうか。
素直に表現してくれることが嬉しい反面、私の心にどろりとした重い気持ちが降り積もっていく。
純粋に、全身全霊で私を愛してくれている瑞樹くんを裏切れない。傷つけられない。
愛し愛され付き合っている2人ならなんの足枷にもならない、寧ろ遵守すべき掟。
裏切らない。傷つけない。
なのにどうしてこんなに苦しい?どうして瑞樹くんからの愛を受け取る度に心苦しくなるのだろう。
なにも考えず、ただ一心に、彼からの降り注ぐような温かい愛を享受できたなら、どんなに幸せなことだろう。
違う。幸せだったのだ。
ついこの間まで、疑うことなく苦しむことなく、全身で享受していた愛。そこに浸かっていれば怖いものなどなにもなかった。
なのにどうして。
あの夜、微かに触れた手のひらの痺れがまだ治らないのだ。
私は、瑞樹くんをすでに
裏切っている。傷つけている。
だからこんなに苦しいのだ。
「行ってくるね。また連絡するから。愛してるよ」
デビュー6周年のツアーの為に家を空ける瑞樹くんが私に微笑む。
愛してる。愛してる。愛してる。
私も。きっと愛してた。
「気をつけてね」
手を振る瑞樹くんを見送りながら、たしかに私は終焉を感じていたのだ。