ここではないどこか

9

 帰ってくるのが随分早いな、と思ったんだ。

「なに?忘れ物?」

 香澄に向けた俺の笑顔は後に続く人物を認識した途端、凍りついた。

「父さん、母さん……、マネージャーも……」

 悲しみ、不安、困惑、香澄の顔にもそういった感情が張り付いている。

「マネージャー、申し訳ありませんでした」

 両親よりも先にマネージャーに謝罪をしたのは、当然だった。
 仕事に穴を開けた。その事実は謝罪して然るべきもので、心の底から申し訳ないと思っていたのだ。だけど、両親には何を謝ればいいのだろう……。
 姉を愛してしまったこと?姉の普通の幸せをぶち壊して2人で逃げたこと?
 生憎俺は、それに対して謝罪する心を持ち合わせていなかった。

「透……。仕事のことはとりあえず解決している。迷惑をかけたことには変わりないがな……」

 マネージャーの険しい表情や声音の中に、しかし確かに優しさが含まれていた。

「みんなも心配してたよ。あとで連絡いれてやってくれ」

 俺がマネージャーのその言葉に頷いたときだった。

「……どうして」

 地を這うような母さんの声が聞こえた。
 その声に反応した香澄が俺の元へ来ようとするのを、母さんが腕を掴んで阻止する。
 "大丈夫だよ"その意思を含んで俺は香澄に微笑みを向けた。

「その笑顔っ……それはお姉ちゃんに向けるものじゃないでしょ!?」

 怒りに身を任せ声を大きくする母さんを父さんが掴んだ。

「落ち着いて……」
「これが落ち着いていられる!?きょうだいなのよ!!気持ち悪い……」

 吐き捨てるように言われた言葉に俺は笑ってしまった。香澄は俯いたまま肩を震わせた。

「唯一のきょうだいなんだから仲良くしろって散々言ったのは、父さんと母さんじゃん。俺はその言いつけ通りに仲良くしただけだ」
「違うでしょ!誰が駆け落ちするような関係になれって言ったの!?普通の、普通のきょうだい関係を築いてほしいのよ」

 それは無理な話だ。だって俺は一目見たその瞬間に姉さんに恋をしたのだ。最初からあなたの望む世間一般のきょうだいにはなれなかった。
 それは俺の犠牲なしには成立しない関係だった。

「それは無理だよ。だって、俺は最初から好きだった」
「……そう。ならいいわ。香澄は連れて帰るから。もう二度と会わせない」
「やだ、待って。私もなの、私も初めて会った日から透なの、透だけなの」
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