短編集 優しくなんてないよ
{ねぇねぇ}
{話したいことが,あって。}
{急にメールなんてしたら,君はびっくりするかな?驚くかな?……怒るかな?}
{ただでさえ,君とはもう別れたのにね。
もうメールしないでって言われてるのにね。}
{それでも,どうしても伝えたいことがあります。}
{本当に嫌だったら見なくていいよ。}
{でも見てほしいな,なんて。
わがまますぎるね。}
{でも,これで最後にするから。
もうこれ以上,君宛てのメールはしないから。}
{私からの最後のメールを読んでください。}
{まず,最初に。}
{あの時,屋上で。
私を救ってくれてありがとう。}
{君が来なかったら,私はきっと飛び降りてた。}
{誰にも必要とされなくて,愛されなくて。
もう嫌になった私は,あの時死のうとしました。}
{自ら命をたとうとしました。}
{そんな時,先客がいたんだよね。}
{それが君だった。
虚ろな目で柵にふらふら近づく私の腕を掴んでくれたのは君だったね。}
{嬉しかった。
ほんとに死ぬつもりだったけど,止めて欲しい気持ちもちょっとあったから。}
{『お前,馬鹿だ。お前は馬鹿だ。』}
{そう言ってくれたこと,今でも覚えてる。}
{多分,君が慰めの言葉を口にしていたら,私は振り払って逃げてた。}
{慰めじゃなくて戒めの言葉だったからこそ,私は思いとどまれた。}
{君は私の恩人なんだよ。}
{『君はなんでここにいるの?』って聞いたら,}
{『俺も自殺しようとしたんだ。
おそろい,だな。』}
{そう,優しい嘘をくれたね。}
{その言葉で何年かぶりに笑えたよ。}
{そんな,ある意味最悪の出会い方だった私たちだけど。}
{私はその一瞬で恋に落ちれたんだ。
断言できるよ。}
{そこから,屋上で話すようになったんだっけ。}
{ヘンテコで曖昧で,よく分かんない関係。}
{でも,それが心地よくて。}
{いつしか君と過ごす時間は私の心の拠り所となっていたんだ。}
{私の命を救ってくれて,欲しい言葉をくれて,居場所までもくれて。}
{私は君に貰ってばっかりだね。}
{君が見返りを求めないことも,私にとってすっごく嬉しかったんだ。}
{君と過ごす他愛のない時間は,本当に優しくて,心地よくて。}
{なんだか泣きそうになっちゃった。}
{永遠みたいに長くて愛おしい時間だったけど,やっぱり終わりは近づいていたんだね。
}
{いつからか,君はあまり屋上には来なくなって。}
{私,何かあったのかなってすごく心配して,どうにかなりそうだった。}
{君は出会った日から毎日屋上に来て,寝っ転がっていたから,何かあったんじゃないかって本当に怖かったよ。}
{その後,私に付き合うことに飽きたんじゃないかって思って。}
{心がズキズキして,苦しかった。}
{でも当たり前かな。めんどくさいもんね。
普通はすぐ離れていくよね。}
{そうやって考えるとそうとしか考えられなくなっちゃって。}
{君は私の事嫌いになった,飽きたんだって君に聞いてもないのに確信しちゃったの。}
{愛され慣れてない私はやっと手に入れた愛が無くなったことをなかなか実感できなかったの。}
{だから未練がましく屋上にしばらくは通ってた。}
{出来ることなら君に会って,何事もないことを確認したかったんだけど…}
{臆病者の私は君に拒絶されるのが怖くて,クラスも名前も知らないからって言い訳してたんだ。}
{会おうと思えば全クラスを除き回れば良かったんだ。}
{私はそうしなかったこと,ものすごく悔やんで,後悔してるよ。}
{次第に私も屋上に行くのは止めて。}
{君に出会う前よりも何倍も苦しい日々を過ごした。}
{それでも自殺しなかったのは,君に会えるかもしれないなんて僅かな希望を捨てたくなかったから。}
{君が,大好きだったから。}
{苦しくて苦しくて,どうにかなりそうだったけど。}
{それでも君が1度救ってくれた命を捨てるくらい馬鹿じゃない。}
{君に嫌われても,飽きられちゃったんだとしても……諦めきれなかった。}
{そこから3ヶ月くらいすぎて,私に友達ができたの。}
{転校生の子だったんだけど,みんな無視するなんて酷い!って言って,私に毎日話しかけてくれるの。}
{友達がいるだけでこんなに暖かい気持ちになれるんだね。}
{優しい気持ちになれるんだね。}
{そこから徐々にクラスの皆が私のことを気にかけてくれて。}
{もう無視されていたのが嘘みたいに思えた。}
{もしもまた君に会えた時,胸を張っていられるように。}
{そう思って,たくさん頑張ったんだ。}
{話しかけてくれた友達と色々なところに遊びに行って,慣れないゲームもしてみた。}
{お母さんに向き合って,少しずつ話せるようになった。}
{たくさんの人に支えられて,愛されて。}
{私は幸せ者だって心から思えたよ。}
{私の頑張りなんてちっぽけで助けられてばかりだったけれど。}
{新しいことに飛び込んで,楽しいって思えるようになったよ。}
{そうしたら,君に会いたくてしょうがなくなっちゃって。}
{やっと手に入れた勇気を使って君を探した。}
{……でも,どのクラスにも君はいなくて。}
{こんなことになるなら,ちゃんとクラスと名前,聞いておけば良かったって思ったよ。}
{うざいとかもう嫌いだとか言われる覚悟で君を探したんだけど。}
{私が最初に捨ててしまった考えが頭をよぎった。}
{君に,何かあったのかもしれない。}
{そう考え出すと止まらなくて,怖くて怖くて}
{思わず友達に相談していた。}
{そうしたら友達も手伝ってくれて,何とか君の幼なじみの男の子に出会えた。}
{彼は怪訝そうにしていたけれど,一つ一つお話したら,信じてくれたの。}
{私が死にたいと思ったこの世界は思ったより優しかったんだって,やっと気づいた。}
{彼は会った方が早いだろって言って,私を君に会わせてくれた。}
{……,後悔,してないよ。}
{ただ,どうして教えてくれなかったのって怒鳴っちゃった。}
{君は私の辛い時にいつもそばにいてくれたのに,私は君の辛い時にそばにいることすら出来なかったのが悔しくて,悲しくて。}
{君に八つ当たりをしちゃったんだ…。}
{ごめんね。}
{君のせいじゃないのに酷い,あんまりだって罵って…本当に悔しくて,悲しいのは君なのにね。}
{なんでそんなこと言うんだ!って怒って欲しかったな。}
{……悲しそうに笑って欲しくなんてなかったよ。}
{どこまでも幼稚な私は現実を認めたくなくて。}
{どこまでも真っ直ぐで大人な君は現実を受け入れて,諦めていて。}
{君が諦めてしまうこの世界が許せなくて。}
{私は駆け出して,小さな子供のように喚き悲しんだ。}
{どこまでも続く暗いトンネルをひとりぼっちで歩いている気がして,怖くてたまらなかった。}
{私に出来ることは何か必死に考えて。}
{悲しくても苦しくても君のそばにいることだって分かった。}
{日に日に弱っていく君を見て,神様を恨んだよ。}
{悔しくて,苦しくて。
でも君の前では笑うって決めたんだ。}
{だから,病室を出たらちょっと,いや結構泣いちゃった。}
{君にはバレてなかったかな?}
{どこまでも優しい君は自分のことじゃなくって私のことを考えてくれてたんだね。}
{いつも軽口に隠して,でも私のことをずっと考えてくれていて。}
{残されてしまう私がどうしたら自分が死んだ後に笑っていられるのか。}
{どうしたら私がまた前に進むことができるのか。}
{ずっとずっと,考えてくれていたんだね。}
{今でも,君が実は生きていて,元気に笑っているんじゃないのかと思ってるよ。}
{やっぱり幼稚な私はまだ現実を受け入れられないみたいだ。}
{あの,憎らしいほど綺麗な青空が破れて,君とまた会えるんじゃないかって思うの。}
{変だよね。おかしいよね。}
{でもそうとしか思えないの。}
{君がせっかく残してくれた手紙もまだ読めてないんだ。}
{私が薄暗い部屋でみっともなく泣きじゃくっているのなんて見たくないよね。}
{君が望んでくれた未来じゃないよね。}
{誰とも会いたくなくって,また死にたいって思っちゃうの。}
{……あの時,最後の最後に。}
{好きだって言ってくれたこと,泣きたいくらい苦しくて嬉しかった。}
{私も大好きだよ。愛してるよ。}
{必死に紡いだその言葉は君に届いたかな?}
{なんで……どうして君だったのかなぁ?}
{君は何も悪くはないのに。}
{神様がいるなら,最低な奴だね。}
{優しい,世界に必要な人は殺して,}
{醜い,死にたい私は生かして,}
{世界に必要な人だけ殺していくんだ。}
{憎いよ!!酷いよ!!最っ低だよ!!}
{私はこの世界で笑える自信が無いよ。}
{君のいない世界で幸せになれる自信が無いよ。}
{なんで先に死んじゃうの?}
{なんで私を置いていったの?}
{私も連れてってくれればよかった。}
{そうしたらまた一緒にお話できたのに。}
{君は,私が悲しまないようにたくさん考えてくれたみたいだけど……}
{悲しまないわけないじゃん!
苦しまないわけないじゃん!}
{なんで私が苦しまないって思ったの?
なんで私の事ばっかり考えてくれるの?}
{なんで……そんなに優しいの?}
{私が死ぬことは君が望んだことじゃない。}
{だから私,死ねないじゃん。}
{君に会いに行けないじゃん。}
{だから!もう少しだけ生きてみるよ!}
{もう少しだけ頑張ってみるよ!}
{君が愛したこの世界を見てくるよ。}
{それで,君が見た事のない世界を話してあげるよ。}
{だから,それまで見守ってくれたら私,
頑張るよ。}
{君に貰った愛を使って,君に世界をプレゼントしよう。}
{なんだかとっても長くなっちゃったね。}
{それじゃあ最後に伝えます。}
{いらない感情は全部捨てた,ありのままの気持ちを,君に。}