短編集 優しくなんてないよ
未愛渡は,生まれた時は愛されていた。
優しい父親といつも微笑んでいる母親の元に生まれ落ち,3歳くらいまでは大事に大事に育てられていたよう。
けれど,父親が交通事故で亡くなってから母親は激変した。
父親がいなくなった悲しみをうめるために,夜中に遊び歩き,朝まで帰らないこともあった。
そこで出会った男性と再婚をしようとしたのだけれど,その男性は他の男との子供は育てたくないと言ったという。
未愛渡の悲劇はそこからだった。
母親に冷たくされ,死ねと言われ,終いには殺されかけた。
母親にまだ理性が残っていたのが唯一の救いだった。
未愛渡は殺されかけただけで済んだ。
けど,今まで愛してくれた母親に殺されかけるというのは殺されることより苦痛なことで。
なおかつ未愛渡は今7歳。
傷つかない方が無理がある年齢。
身も心もズタボロに壊された未愛渡と出会ったのが私だったみたい。
そんなときに出会ったから未愛渡にとって私は希望の光だったんだ。
私がただの子供でも,何も出来なくても,未愛渡は私に縋ることしかできなかったんだ。
たとえ,私が人じゃなくても,未愛渡は私に頼るしかなかったんだ。
そんなクソみたいな世界について,未愛渡は少しずつ教えてくれた。
私はその度に怒って,それが未愛渡にも移って,2人で公園で叫んでたっけ。
私が悲しいと未愛渡も悲しくて,私が嬉しいと未愛渡も嬉しいみたいだ。
私の感情は未愛渡に影響するみたいだ。
だから,私は楽しくなくても笑うようになったのかな。
私はとにかく未愛渡とたくさん楽しいことを探した。
そうしたら未愛渡はたくさん笑ってくれるから。
もしかしたら私が未愛渡を笑わせてたんじゃなくって,未愛渡が私を笑わせてくれてたのかもしれない。
そうやって,いつかは終わりの来るこの世界で,私たちはどんどん仲良くなった。
いつから,だろう。
いつからこんなにも邪な感情を抱いてしまったのだろう。
最初は自分の中に芽生えた感情が何かなんて何も気にしてなかった。
でも未愛渡とたくさん話したくなって,少しでも離れたら悲しくて。
自分の中の変化に戸惑いが隠せなかった。
そして,未愛渡のクラスメイトが話していた言葉を聞いて,やっと理解した。
すぐに会いたくなって,胸がドキドキと苦しくて,自分のことよりも未愛渡のことが気になるのは。
全部全部,“好き”っていう気持ちのせいだったんだ。
これを普通の人は恋と呼ぶらしい。
またひとつ言葉に詳しくなったな,と思いながら,私の中で産声をあげる新たな感情に戸惑いを隠せなかった。
私はその感情に自覚してから,より未愛渡のそばにいることにした。
未愛渡が少しでも傷ついてしまうのが本当に嫌だった。
だから目覚める時も朝ごはんも登校する時も授業中も休み時間も給食も掃除も下校する時も宿題してる時も晩ごはんもお風呂も歯磨きも寝るのも,全部一緒にした。
未愛渡の全部が欲しかった。
私しか見えなくて,私がいないとダメな人になって欲しい。
そんな醜く,ドロドロとした感情が心の中に渦巻いた。
未愛渡を傷つける人は許さない。
そんな私の気持ちが伝わったのか,みんな私を見ると気味の悪いものを見たように怯え,未愛渡に意地悪したり,話しかけたりする人はいなくなった。
それが嬉しくて,でもなんだかいけないことをしているみたいで……でも私は自分の感情を抑える術を知らなくて,幼かった。
だから俗に言う束縛をするみたいなことをしてしまった。
それでも未愛渡は私のそばにいて,笑ってくれた。
そんな生活が続き,気づけば2年生だった私たちは4年生になっていた。
そこから最近は私たちに殴るどころか話しかけることすら無くなった未愛渡のお母さんに連れられて,転校をすることになった。
まだ成人にもなってない私たちに拒否権は無く,よく分からない田舎町に連れてかれた。
なぜ私も連れてかれたのかはわからなかったけど,とにかく私は未愛渡と一緒にいたかったからどうでもよかった。
どうやら未愛渡のお母さんは再婚をしたらしく,その相手がその田舎町に住んでいるらしい。
どうせなら孤児院とかに預けてくれればよかったのにと思ったけれど,未愛渡の火傷や傷跡が見つかって,虐待がバレるのが嫌だったのだろう。
何はともあれ,私と未愛渡は今までとは違う場所に行くのだから,用心しなくては。
誰かが未愛渡をいじめるかもしれないし,酷いことを言うかもしれない。
私が守らないと。
未愛渡は私がいないとダメなんだから。
そんなことを考えて,私は未愛渡と一緒に登校した。
でもその場所は私が想像していた場所とは全然違った。
みんな未愛渡に興味津々で,意地悪したり悪口言ったりするやつなんかいなかった。
みんな優しくて,未愛渡は最初は戸惑っていたけれど,直ぐに沢山の友達を作った。
未愛渡のお母さんも今まで空っぽだった心が再婚相手のおかげで埋まったらしく,未愛渡に暴力を振るうどころかむしろ優しくなった。
喜ばなきゃいけないのは分かっていた。
でも,汚い感情が私の中で膨れ上がって,どうしても嫌だった。
未愛渡が不幸になるのは嫌なのに,未愛渡が満たされるのはもっと嫌だ。
私は不幸な未愛渡を守るために生まれてきたようなものなのに,そのくらい彼が好きなのに。
未愛渡は私なんかがいなくても,自分で幸せになれるし,私なんていなくてもいいんだ。
私は,これからなんのために生きていけばいいんだろう。
未愛渡を笑顔にするのは,できるのは私だけじゃなかった。
私は未愛渡にとってどうでもいいんだ。
ぐるぐるぐるぐる,そんな考えが絡みついて離れてくれない。
未愛渡が不幸になればいいのにと思う自分が嫌だ。
未愛渡の成長を喜べない自分が大嫌いだ。
私だけを見て欲しい。
私がいないと生きていけない人になって欲しい。
恋とはこんな,醜く汚い感情だったの?
それなら恋なんてしたくなかった。
こんなに辛いのなら,恋なんて知りたくなかった。
未愛渡は変わらず私に話しかけて笑ってくれるのに,私は未愛渡に対して笑えなくなっていった。
未愛渡が他の人にもその綺麗で可愛らしい笑顔を見せているのがたまらなく悔しくて許せない。
でも,そんなのはまだ良かった。
私の嫉妬だけで終わったから。
雨雲があれば雨が降るように,不幸は自然と日常に溶け込んでいた。