短編集 優しくなんてないよ
『未砂利!(みざり)』
未愛渡が私につけてくれた未砂利という名前。
これは私の宝物で,命より大切なものだ。
未愛渡にその名前を呼ばれると,聞きたくなくても勝手に耳が彼の声を拾ってしまう。
『未砂利も前に出て話そうよ!』
私は最初,あまり乗り気じゃなかった。
そもそも,未愛渡以外に興味がなかったのもあったのかもしれない。
けれど未愛渡にそう言われる度に,そうやって他の人と話した方が気が紛れて,この苦しい気持ちが和らぐのではないか。
もしかしたら未愛渡への恋心が少しずつ薄れていくのではないかと都合のいいことを考え,気づけば頷いていた。
私は最初,未愛渡の初めての友達と話すことになった。
あんなに未愛渡がしつこく話そうと言ってくれたのは,私には友達がいなかったからかもしれない。
未愛渡が最初に僕の幼なじみを紹介するね,と言い,私を前に引っ張ってくれた。
思わず逃げようとする私に,未愛渡は大丈夫と声をかけてくれる。
私にはその一言で十分だった。
足が震えながらも,ゆっくりと前に出た。
未愛渡の前に出て話すのは久しぶりで,なんだか木々が,風が,空が何もかも変わっている気がした。
未愛渡の友達だという彼らは,きょろきょろと辺りを見渡し,そして私を見た。
なぁ,と彼らの中のひとりが声を出す前に,私は口を開いた。
『あの,は,はじめまして!
私は未砂利って言います。えっと,えっと…これから,よろしく…』
『は?』
お願いします,と言おうとした声が,雲に吸い込まれていった。
私は鋭い声で遮られ,固まってしまった。
『え,えっと……
私,なにか変なこと言っちゃった?』
私は怖くなって,弱々しい声で彼らに尋ねてみる。
彼らは目をまん丸にして,そこから困惑したように視線を交わしあった。
私はますます不安になって,
『な,何?私,何かした?』
と,小さな声で尋ねる。
彼らの中のひとりがまるでホラー映画を見てしまったあとのような顔をして私に言った。