色づいて、濁り、落ちていく
「金藤」
「はい」
「もう、いいよな?帰りたい」
取引などを済ませ、帰ろうと金藤に声をかける氷河。

「はい。車を回してきます」

金藤が会場を出て、氷河は煙草を取り出し吸い始めた。
天井に向かって煙草の煙を吐いていると、トンッと軽く何かがぶつかってきた。

「キャッ!はっ!申し訳ありません!!」
ここの従業員らしき小さな女が、トレーに沢山グラス等を積み上げて少しふらついて氷河にぶつかったのだ。

「いや…」
「お召し物は、汚れていませんか?」
「━━━!!?」
それまで下を向いていた女性が、顔を上げ氷河を見た。

その顔を見て、氷河の身体全体が震えた。
全身に電気が走ったのではないかと思う程の衝撃だった。

一目惚れ━━━
氷河は30年間生きてきて、初めての感情に包まれていた。

「え?嘘…若様!?
本当に申し訳ありません!!
どうか…クビだけは…」
女は氷河が固まり何も言わないので、あまりの怒りで震えていると思ったのだろう。
慌てていた。

「君…」
「は、はい!」
「名前は?」
「え?あ…内名です…」
「違う」
「え?」
「“名前”だ。それは“苗字”」
「あ…申し訳ありません!」
「謝るな!僕が聞いてることを、正確に答えればいい」
「はい。名前は、美冬です」
「美冬」
「はい」
「君は、ここの従業員?」
「はい」
「じゃあ、今から僕と一緒に来て!」
「は?」

「だから!僕の家に来て!」

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