オスの家政夫、拾いました。2.掃除のヤンキー編
そのまま母は両手でノートを破り始めた。薄い紙はなんの抵抗もできず、小さい欠片になって床に落ちた。彩響はなにも言えず、ただそれを見守ることしかできなかった。心が痛すぎて、叩かれたところの痛みは感じられなかった。

母はこまめにノートを破り、うまく破れなかったカバーはそのまま娘の顔に投げた。また叩かれても、彩響は小揺るぎもしなかった。


「さっさと渡せば叩かれることもないでしょう。まったく、本当にバカだね」

「…」

「全部あんたのためだから。これ全部片付けて夕食の準備手伝いなさい」

「…はい」


紙の欠片は細かすぎて、もうどうにもならない状態になっていた。彩響はなにも言わず、自分の夢の欠片を全部ゴミ袋へ入れた。涙が出そうになったけど、必死で堪えた。

ー絶対泣かない。

ー絶対泣かない、泣いたら負けだ。


数日後、彩響はまたノートを買った。今回は母にバレないよう、うまく隠した。幸い母の目に入ることなく、もうこのことで母と揉めることはなかった。

そして、ときが流れ、徐々に年をとり、大人になり、就職してー



(…現在にいたる)


長い時間、自分の夢はこのノートと同じくずっと眠っていた。その事実を認識すると、まだ胸が痛くなる。

当時はそれでもまだ希望を失わない、純粋な子だった。現実は辛いけど、それでもきっと未来には良いことがあると信じていた。希望をのせ一文字ずつ、思いを込めー。

ーでも、もうその少女はどこにもいない。ここにいるのは、家のローンと仕事に追われ、ただただ会社と家を往復するだけの、中途半端な30歳女性だけ。しかも、一回破婚もしている…。


「なに見てるの?」


顔を上げると、そこに成が立っていた。彼がノートを指しながらもう一回聞いた。

「それ、なに?」


一瞬なんて答えて良いのか、悩んだ。幼い頃の夢?悲しい過去の痕跡?いろいろ考えた結果、彩響はもっとも無難な答えを選んだ。


「…幼い頃使っていたノート」

「今まで持っていたの?」

「そう。ーていうか、ずっと忘れていた…ベッドの下に置きっぱなしにして」

「日記帳には見えないし、なに書いてるの?」

「アイディアとか、話のネタとか…。あの頃は作家になりたいと思って」


もう昔の話に過ぎないけど、それでも心のどこかが寂しい。微妙な心境の変化に気がついたのか、成がこっちへ一歩近づいて来た。少し心配そうな顔で、彩響の顔をじっと見る。
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