冷徹御曹司の最愛を宿す~懐妊秘書は独占本能に絡めとられて~
◇◇◇
匠馬との一件から、澪はすぐに人事に退職届けを提出した。とはいえ、辞めるのは一か月後。つまり、残りの一か月は匠馬と過ごさなければいけならなかった。覚悟を決めたとはいえ、やはり顔を付き合わせるのは精神的に辛かった。
匠馬を見れば心が揺れたし、手が触れれば体が火照った。自分はまだ匠馬が好きなのだと、思い知った。
何度も妊娠していると告げたい衝動にかられたが、ぐっと食いしばり、澪はプロ根性で最後まで仕事をまっとうしたのだ。
そんな中、社長の席を狙った争いは激化していた。常務の息子、匠馬の従弟が、幅をきかせ始めていたのだ。近々、不信任決議案が提出されるという噂だ。
とはいえ、澪にできることはない。ただ、身を引くのみ。
そして最終日。澪がデスクの整理をしていると、一花や他の秘書が大きな花束を抱え近づいて来た。
「神谷さん。今までお疲れさま」
「みなさん……ありがとうございます」
思いがけないプレゼントに、感極まる。
「寂しくなるな。せっかく仲良くなれたと思ったのに」
「赤羽さん……」
「これ。みんなから。長い間本当にお疲れ様でした」
一花が目に涙をため、澪に花束を贈る。こんなふうに泣いてくれる人がいるとは思いもしなかった。澪もいつの間にか、頬に涙が伝っていた。
「実家に戻るんでしょ」
「はい」
会社の人たちには母、光江の具合が悪いため、実家に帰るということにしている。