【短編】代筆の恋 –お嬢様のふりをして婚約者に手紙を書いています–
挨拶を終え、昼食を召し上がられたエリオット様は、メアリー様の案内でこの辺りを見て回りたいと申し出た。
とはいえ、この寒さだ。デートに相応しい庭園や森林浴ができそうな場所はおすすめできない。馬車で辺りを回るだけでもじゅうぶんだよ、とエリオット様は笑った。
「あ……でしたら、教会はいかがでしょう。エインズレイ氏が設計したと言われていて、内観がとても近代的だと評判ですわ」
私は控えめに提案してみた。
以前、エリオット様は名建築家ドーキンス氏の橋を見に行き、大変感銘を受けたと手紙に書いてあった。エインズレイ氏はドーキンス氏の教えを受けた弟子だ。エリオット様が建築に興味があるようだったので、恥ずかしながら私も少し勉強したのだ。
「エインズレイ? 有名な人?」
小首を傾げるエリオット様に、
「ケイトったら物知りね」
いきなり何を言い出すのかとこちらを見るメアリー様。私は頬を赤らめた。
(馬鹿ね。エリオット様は外交でいろんなところを見ておられるのよ。いちいち建築家の名前なんて覚えていないかもしれないわ)
その時、エリオット様の耳元で従者の一人がそっと耳打ちした。
黒髪の物静かな青年だ。馬車の手配が済んだらしい。
「ケイト」
私はメアリー様に手招きされる。
ついてくるようにと指示されるのかと思ったが、それは勘違いだった。
「……ねえ、いつもの時間にアイザックがやってくるかもしれないわ。悪いけれど、ここへはもう来ないでって伝えておいてくれる?」
「え?」
「だって、私にはエリオット様がいるもの。お父様の言う通り、やっぱりもうアイザックとは会っちゃいけないわ」
メアリー様の言うことはもっともだ。
しかし、魅力的なエリオット様にあった途端、あっさりアイザック様を捨ててしまうかのようでもやもやしてしまう。
そんな私の表情を見たメアリー様は苦笑した。
「なあに、その顔。……アイザックだって婚約者がいるのよ?」
――そう。
二人とも婚約者がいて、何食わぬ顔で結婚していくのだ。一時の恋なんてなかったことにして。
「メアリー、どうかした?」
「ううん。何でもないわ、エリオット様!」
メアリー様は甘えるようにエリオット様の元に駆け寄り、腕に絡みつく。
馬車に乗り込んだ二人を見送る。扉が閉まるか閉まらないかのところで、エリオット様がメアリー様を抱きしめる様子がちらりと見えてしまった。……お出かけは口実で、彼らは二人っきりになりたかったのだ。行き先なんてどこでもいいに違いなく、馬車の中は甘い空気でいっぱいだろう。付いてこいと言われないことに心底ほっとした。
私は屋敷に残り、気鬱な任務をこなさなければならない。
いつもの時間。いつもの場所。
人目を忍んでやってきたアイザック様は、相手がメアリー様ではなく、お仕着せ姿の見知らぬ女が待っていることに驚いたようだった。
ギクリと身を引いたアイザック様を落ち着かせるように「メアリー様から言伝を預かっています」と口にする。単なる伝言役だと思ったようだ。焦った様子を見せてしまったことを誤魔化すように「何?」と素っ気なく催促してくる。
「メアリー様はもうあなたにお会いにならないそうです」
「なんだって?」
アイザック様の鳶色の目が見開かれる。
「もう会ってはいけないと伯爵からお叱りを受けたのです。メアリー様は今、婚約者のエリオット様と一緒にいます」
「親が勝手に決めた相手なんかと結婚したくない。彼女はそう言っていた。……あんた、メアリーが可哀想だと思わないのか⁉」
「……エリオット様はとても素敵な方です。メアリー様は喜んでいらっしゃいました」
「嘘だ!」
一方的に振られることになったアイザック様は引き下がらない。
つい昨日まで、ここで毎日のように抱き合い、口づけをして睦み合っていたのだ。はいそうですかと納得するわけがなかった。
「嘘ではありません。どうか、お引き取り下さい」
「俺を諦めさせようとしてそんな嘘を言うんだな! そう命じられているんだろう」
アイザック様の声はどんどん大きくなる。
「いいえ、違います。メアリー様がそうお望みで……」
「メアリーは僕と一緒にいたいと泣いていたんだ! 使用人風情が、彼女のことを知ったような口を利くな!」
「きゃ……!」
アイザック様が手を振り上げるのが見え、私は目を瞑った。