陰キャの渡瀬くんは私だけに甘く咬みつく
 ガラッ

「……失礼します」

 陽呂くんは無言で保健室のドアを開けたので、代わりにあたしが声をかける。

 でも、保健室の先生は不在だったらしい。


 陽呂くんはドアを閉めると、そのまま真っ直ぐベッドの方へ行きカーテンを閉めた。

 そしてベッドに腰かけ、掴んでいたあたしの手を両手で包むとふぅー……と深く長い溜息を吐く。


「陽呂くん?」

「何でさっきすぐに断んなかったの?」

「え?」

「あいつ……颯だっけ? あいつと付き合いたいわけ?」

「な!? そんなわけないよ!」

 すぐに否定する。


 何で、そんなこと言うの?

 声が震えてしまう。


 あたしの心がどこにあるのかなんて、陽呂くんだって知ってると思ったのに……。

 もしかして、そう思ってたのはあたしだけで全部勘違いだったの?


 泣きたくなるような気持ちになったけれど、陽呂くんは掴んでいるあたしの手に額を当てて「良かった……」と呟いた。

 その明らかに安堵した様子にあたしは思い出す。


 そうだ。

 陽呂くんは基本、自分に自信がない人だった。


 あたしの気持ちを疑ったわけじゃなくて、不安になってしまっていただけなんだね。


 そこに思い当たって、あたしもゆっくり息を吐いた。
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