【電子書籍化】どうやら魔導士さまたちに興味を持たれてしまったようです
「今日は、騎士団の方に行っていたのか?」
 ミーナが食事を始めると、フレドリックがそのようなことを聞いてきた。

「はい。ですが、やはり訓練を怠ってしまうと、動けなくなりますね。怒られてばかりでした」

「そうか」

 会話が続かない。元々フレドリックは会話の多い人物ではないのだが。それでもなぜか気まずい。だが、共通の話題も思い浮かばない。
 とりあえず、今日の予定を確認してみることにした。

「オリンさま。本日のご予定は?」

「予定」
 すくおうとしていたスープの中にスプーンをつっこんだまま、フレドリックは何か考え込む。

「とりあえず、お前の魔法を見てみたい」

 魔法を見てみたい。つまり、魔法を見たいってことか。なんか、ものすごく恥ずかしい。

「わかりました。オリンさまにお見せできるような代物ではないかもしれませんが」

「ああ」
 楽しみだな、とフレドリックが呟いたようにも聞こえた。空耳、だろうか。

 昼食を終えると、フレドリックはいつもの席に移動して、そこで何やら分厚い魔導書を読み始める。ミーナは片づけをしてお茶を淹れると、それを黙ってフレドリックの手元に置く。すると彼は最初からそれがあったかのように手にとって飲む。お茶が無くなると、立ち上がるからそのタイミングで声をかけようと思うミーナ。
 それから三十分後、フレドリックが立ち上がった。

「あの、オリンさま」

「ああ、そうだった。忘れていた」
 この人はいつも、どうでもいいことを忘れる。ということは、やはり自分のことはどうでもいいということなのだろうか。

「すまん。そういう意味じゃない」
 ミーナの心の中を読んだのか、珍しくそのような言葉をかけてくる。「少し、この魔導書にお前の魔法について書かれているようなことがあったような気がしてな。それで読んでいたのだが、ついつい夢中になってしまった」

 つまり、フレドリックは言い訳をしてきたのだ。何に対しての言い訳かはわからないが。

「それで。その魔導書で何かおわかりになりましたか?」
 ちょっと話を膨らませてみようと、頑張ってみた。だが返ってきた答えは。
「特にない」
 の一言であった。期待外れ。

「おい、ミーナ。ちょっとここへ来い」
 フレドリックに呼ばれ、机をぐるりと回って彼の側へ向かう。

「これからお前に少し魔力を注ぐ」

「はい」

「それが抜けないように、ためろ」

「はい?」

 フレドリックの言っている意味がよくわからない。

「お前は魔力を吸収する力がある」

「えっと。初耳です」

「そうだな。今、初めて言ったからな」

「そう、なんですね」
 そういう大事なことはもっと早く言ってくれればいいのに、とミーナは思った。だが、それよりも、魔力をためるという感覚がわからない。

「あの、オリンさま。その、魔力をためるってどうやるんですか?」

「どうやる? 感覚的な話だから、説明はできん」

「え。私、やったことないです」

「たいてい、お前は、俺が魔力を送ると寝てしまっているからな」

「そうなんですか」
 それも知らなかった。なんか、ダメ魔導士のような気がしてきた。正確には魔導騎士だが。

「だから、とりあえず寝ないようにしておけ」
 寝ないことが魔力をためるってことになるのか?

「わかりました。ちょっとお昼ご飯を食べたところで、眠くなる時間ではありますが、頑張ります」

 ミーナはフレドリックに両手をさしだした。フレドリックはいつものようにその手をとると、いつものように魔力を注ぎ込む。彼女に注ぎ込むことのできる魔力量が十だとすると、今は三だけ送ってみた。

「おい、起きてるか」

「はい、起きてます」

「そのまま、魔力を維持しろ」
 と言われてもミーナにはよくわからないのだが、とりあえず睡魔との闘いということだけはわかった。フレドリックがこうやって手をとると、いつも温かい何かが流れてきて、とても眠くなる。多分、それが魔力なのだろう。

「はい」

「とりあえず、終わりだ。気分はどうだ?」

「悪くはないのですが、ちょっと眠いです」

「いいから寝るな。とりあえず、私に向かって何か魔法を放て」

「え。魔法ですか?」

「お前。魔法付与ができるんだろ? 魔法は使えるものだと思っていたのだが?」

「使えますけど。オリンさまにお見せできるような代物ではありませんよ?」

「なんでもいいからやってみろ」

「くそ弱いとか、言わないでくださいよ」
 渋々とミーナは右手に魔力をためた。だが、感触はいつもと違う。なんでもいいと言っていたけれど、何がいいだろうか。あのレッドドラゴンを倒した時は、武器と防具に氷属性の魔法付与をした。それがいいかな。
 フレドリックに向かって、氷属性の魔法を放つ。ちょっといつもの魔法付与のときと感覚が違う。
「おい」
 とフレドリックが言葉を発したことで我に返る。

「はい」
 返事をするが。

「これ、どうするつもりだ?」

「これって?」

 指摘され部屋を見ると、半分が氷漬けになっている。

「ちょっ、だ、誰がこんなことをやったんですか?」

「お前だ」

「え、私? 私ですか?」

 フレドリックはため息をついた。それはもう盛大に。

「まあ、魔法を使ってみろと言ったのは私だが。まさかここまでとは思わなかった。私の魔法防御が間に合わなかったというのもあるが」

「いや、えっ、えー。私、こんな魔法使えませんよ。何かの間違いでは?」

「間違いではないな。お前が放った魔法に対して防御魔法を張ったが、それをすり抜けた魔法があれだ」

「はあ、誰が片付けるんですか」

「気になっているところは、そこか?」

「そうですよ。しかも氷属性ですよ。とけたら水浸しじゃないですか」

「まあ、そうだが」
 フレドリックは腕を組んだ。魔力をためてから魔法を放てと言ったがここまでの威力があるとは思わなかったのは事実。しかも速い。フレドリックはミーナが魔法を放つ瞬間に魔法防御をかけたが、彼女の攻撃魔法の方が速かった。魔法を放つ速度が速いというのも、魔導士にとっては重要なファクターだ。

「この部屋でお前に魔法を教えるのは無理があるな。ちょっとエドに相談してくる」
 その前に、と、フレドリックは指をパチンと鳴らした。それに応えるかのように個体は液体になり、そして気体となる。
 まるで何事もなかったかのように、部屋は元通り。

「す、すごいです。さすがオリンさまです」
 ミーナの感動はとどまることを知らない。

「言っただろ。魔法は質量保存の法則だ。それさえ守ればこんなことは朝飯前だ」
 朝飯など食べない人が何を言っているのやら。

 ふと、フレドリックは固まった。口の中で質量保存の法則、とつぶやいている。

「やはり。お前の魔法はその法則を無視している」

 法則通りの魔法を放ったのであれば、フレドリックの魔法防御が間に合ったはずだ。あの速度で攻撃魔法を放ってきた、というのは法則を無視している、ということ。つまり彼女は、この国の者ではない、ということか。

「少しエドと話をしてくる。待っていてくれ」

 ミーナはこの部屋に一人残されてしまった。茫然と立ち尽くすしかない。
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