【電子書籍化】どうやら魔導士さまたちに興味を持たれてしまったようです
 しばらくすると、フレドリックが「起きる」と言ったため、ミーナは冷たい飲み物を準備した。フレドリックは何とか身体を起こすと、ソファの背もたれに背中を預ける。

「あの、お飲み物を準備いたしましたが。持てますか?」

「ああ、すまない」
 と言って受け取るが、ミーナがその手にそっと自分の手を添えていて離そうとはしない。多分、フレドリックが一人でグラスを持つことができない、と思っているのだ。それはあながち嘘ではない、かもしれない。
 フレドリックがグラスから口を離すと、すかさず彼女がグラスを奪い返して、そっとテーブルの上に置いた。

「やはり、どなたか呼んできた方がよろしいでしょうか」

「その必要はない」
 フレドリックは、右手の甲を額に当てた。やはり、冷たいのが欲しい。いつの間にか、隣に座る彼女の手を握っていた。

「やはり、お前の手は冷たくて気持ちいいな」
 その冷たい手が、優しく額に触れた。

「あの、オリンさま。少しお熱が高いように思えます。このまま寝台の方でお休みになった方がよろしいのではないでしょうか」

「ああ、そうする」
 きっとここにエドアルドがいたのであれば、非常に驚いたことであろう。あのフレドリックが素直に他人の言葉に従うなんて、天変地異の前触れだと叫んでいたかもしれない。
 フレドリックは立ち上がろうとしたが、うまく足に力を入れることができなかった。すかさずミーナが肩を貸す。ほとんど彼女に寄り掛かるようにしながら、隣の部屋の寝台へと向かう。
 ミーナにとってこの部屋はカミラと共にシーツの取り換えをする時などに入室する程度の場所だった。だから、ミーナはあまり足を踏み入れたことの無いフレドリックのための空間。フレドリックの匂いがする空間。
 彼は一度寝台の上に腰をかけた。ミーナはその隙にフレドリックの上着を預かり、ブーツを脱がせた。そして彼の身体を支えるようにして、その寝台の上に寝かせる。

「今、冷たいタオルをお持ちしますね」
 ミーナが一度離れようとすると、その手をフレドリックに掴まれた。

「お前の手がいい」

「オリンさま?」

 身体が弱ると心も弱るらしい。今は一人にして欲しくない、というのがフレドリックの想いだった。
 ミーナはフレドリックが眠るまで、彼の額にその手を当てていた。しばらくすると、規則正しい息遣いが聞こえてきたため、ゆっくりとその場から離れる。

 夕刻の鐘はとっくに鳴り響いていたが、このような状態のフレドリックを一人置いて帰ることに気が引けた。そもそも、自分が寝ている間に、一体何が起こったのか、ということがわからなかった。

 浴室から適当なタオルを手に取り、水をいれた桶も一緒に抱きかかえて、もう一度彼の寝室へと向かう。
 その顔を覗き込むと、少し苦しそうな表情を浮かべていた。タオルを桶の水に浸して固く絞ると、それを彼の額の上にのせた。冷たさが持続するように、氷の魔法をかけて。クソ弱い魔力だからこそ、タオルがカチンコチンに凍らなくて済む。
 ミーナはそっとそこから立ち去ると、静かにその扉を閉めた。

 フレドリックがあんな状態になってしまったから、無我夢中で彼の世話をしてしまった。でも、今になって思い返してみると、あの天才魔導士と言われているフレドリックがあんな甘えた仕草を見せていてちょっと可愛い、と思えてくる。不謹慎ではあるが、ふふっと、自然と笑いがこぼれてしまう。
 それと同時に非常に空腹であることに気付いた。今日は食材をもらうのを忘れてしまったけれど、昨日もらった野菜などは保冷庫にまだある。無いのは肉くらい。だから、肉無しのシチューを急いで作ることにした。それからまた簡単なパンを焼く。パンとシチューがあれば充分だ。
 この二日、フレドリックと食事を取るということにすっかり慣れてしまったようだ。そのせいか、狭いテーブルなのに一人でご飯を食べているとものすごく広く感じてしまうことが不思議だった。それと同時に、フレドリックの体調が心配になって、ついつい急いでスプーンを口元にまで運んでしまう。

 よくよく考えたらあのフレドリックがあのような状態になっているのだ。ただ事ではないだろう。やっぱり医師を呼んできた方が良かったのだろうかとか、エドアルドに相談した方が良かったのか、とか。そのような考えが浮かんでは、フレドリックの「必要ない」という言葉が耳に聞こえてくるような感じがした。

 急いで食事を終えると、その食器を片付け、フレドリックの元へと向かう。扉をゆっくりと開けると、ギギーという軋んだ音が鳴り、それが異様に大きく聞こえた。ミーナは静かに彼の寝台へと足を向ける。
 少し苦しそうだ。吐く息も熱い。額のタオルは少し温くなっていた。それをもう一度桶の水で冷やして、さらに氷属性の魔法をかけた。それを彼の額に置いたときに。

「ミーナ?」
 と名を呼ばれた。彼の目は閉じたまま。

「すいません、起こしてしまいましたか?」

「みずを」
 どうやら喉が渇いていたらしい。枕元に準備しておいた水差しを手に取り、それをフレドリックの口元に添える。だが、うまく飲み込むことができないのか、口の脇からそれがだらだらとこぼれてしまう。

 孤児院の小さな子供たちも、風邪などをこじらせてぐったりとしたときは、薬が飲めずにいた。そんなとき、孤児院ではどうしていたんだっけかな、と記憶を掘り起こす。確かシスターは自分の口に薬を含んで、子供たちに口移ししていたような。少し押し込んであげると、あとは勝手に飲み込んでくれるから、とか言っていたような気もする。
 子供ができるということは、大人ならもっとできるだろう、とミーナは考えた。ミーナは水差しから少し水を口に含んだ。そして、それをフレドリックの唇に重ねて、舌で押し込む。ゴクリと彼の喉が鳴った。

「もっと」

 彼が求めてくるので、ミーナは口に水を含んでから、もう一度唇を重ねた。ゆっくりと離す。

「あの、オリンさま。私は隣の部屋におりますので、何かありましたらお呼びください」
 と言ってみたものの、この状態では呼べないだろうと思う。だから、そう言ったのは形だけ。呼ばれなくても、フレドリックの様子を見に来ようと思っていた。

「ミーナ」
 彼の目は開いてはいないのに、その口はミーナの名を呼ぶ。「側にいてくれ」

 普段、強がっている子ほど、身体が弱った時に甘えてくるのよね。
 とシスターが言っていた。その彼女は、孤児院でも一番の問題児で暴れっ子のサムの姿があった。
 いつもは強がって弱いところは人には見せない。そうやってその寂しさを誤魔化しているのよ。でも、辛いときは誰かに甘えたいのよね。
 そう言うシスターは優しくサムの頭を撫でていた。

 普段は強がって隙を見せないフレドリック。その彼がミーナに側にいて欲しいと言う。フレドリックは寂しかったのだろうか。

「はい、お側にいますよ」
 耳元で囁くと、彼は満足そうにその口元に笑みを浮かべた。
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