【電子書籍化】どうやら魔導士さまたちに興味を持たれてしまったようです
ミーナも魔導士団での生活にすっかり慣れた。最近ではきちんと朝からフレドリックの指導を受けている。と言っても、魔導書を読み、それの解説。例の質量保存の法則についてもばっちり読んだ。だが読めば読むほど、自分の魔法が魔導書に書いてあるそれとは違うということに気づく。
「オリンさま」
ミーナの机の場所は徐々に移動していき、今ではフレドリックの側。彼とは九十度の角度をつけて置かれるようになった。つまり、ミーナが顔をあげると右前方にフレドリックの顔がある。
「どうした」
「やっぱり、私の魔法はこの魔導書の内容と異なるんですね」
「今更、どうした?」
「いえ、読めば読むほど違うということに気づきました」
ふむ、とフレドリックは頷いた。
「今更気づいたのか、と言いたいところだが……。お前は、自分の生まれたところへ帰りたいか?」
「え?」
驚き、ミーナはフレドリックの顔を見てしまう。彼もこちらを見ている。
「前々から言っているが、お前はこの国の者ではない。魔法の性質から考えると、北側にあるコモッティ国の者である可能性が高い」
コモッティ? とミーナは口の中で呟く。聞いたことは無い。「遠いですか?」
「そうだな。ここからだと、馬で二十日ほど」
遠いじゃん、とミーナの心の中のツッコミ。
「戻りたいのか?」
フレドリックは真面目な顔をして聞いてくる。たいてい、彼の顔は真面目というか鉄面皮というか無表情なのだが。たまに、ミーナと話をするときだけ、少し笑う。
「戻りたいのか、と言われましても。私は今、そのコモッティという国の名を初めて聞きましたし。だから、戻るという感覚はありませんし、だからと言って行ってみたいとも思わないですし」
コモッティという国の名を初めて聞いたと言ったら、また彼の眼はバカかという色を浮かべた。だが、それはすぐに優しい色に変わる。
「そうか」
「ですので。ご迷惑でなければオリンさまのお側に置いていただけると、非常に助かります」
「迷惑ではない」
フレドリックのその言葉に、ミーナは安心したかのように笑みを浮かべた。だが、すぐさまフレドリックは言葉を続ける。
「いつまで側にいるつもりだ?」
「いつまで、というのは」
「一生、側にいるつもりなのか?」
「えっと、それは」
一生側に、ってまるでプロポーズみたいだな、と思うミーナではあるが。一生魔導士団かと言われると、多分、途中で退団するだろうと思う。だけどきっとフレドリックは一生、何かしらの研究をしているだろうなとも思う
「では、魔導士団を退団するまで」
「退団、するつもりなのか?」
「えっと、いつかは退団するかと思いますが?」
「そうか」
今日のフレドリックはおかしい。まあ、ミーナから見たらいつもおかしいし、よくわからない人物なのだが。
「魔導士団を退団したらどうするつもりだ?」
「えっと。先のことはわからないですけれど。多分、普通に結婚して、普通に子供を産んで、普通に生活するんでしょうね」
「結婚、したいのか?」
「ええ、まあ。いずれは。私、孤児だったから、その、家族っていうものに憧れがあるんです」
「いるのか? そういう相手が」
「はあ? 何言ってるんですか、いるわけないじゃないですか。それともオリンさまが誰か紹介をしてくださるんですか?」
「そうだな、考えておこう」
「はいはい、期待しないで待ってます」
そこまで言うと、ミーナは立ち上がった。
「お話したら喉が渇いたのでお茶を淹れますが、オリンさまはいかがいたしますか?」
「ああ、頼む」
「どちらにお持ちしましょうか?」
「今、移動する。そっちへ」
つまり、ソファ席ということか。よくよく見たら、フレドリックの机の上にお茶を置くようなスペースは無い。後で片づけてあげようかな、とも思う。
お茶と一緒にお茶菓子も準備する。ミーナが正式な魔導士団所属になってからは、カミラが必要な食材とお菓子を、こうやって毎日届けてくれるようになった。
いつものようにフレドリックの隣に腰をおろすミーナ。
「ミーナ」
ミーナがお茶を一口飲んだら、フレドリックに名前を呼ばれた。いつも以上に鉄面皮。
「はい」
名前を呼ばれたミーナは条件反射で返事をする。
「だったら、私と結婚するか?」
「え、え、えええ? あ、あちっ」
思わずミーナは手にしていたお茶をこぼしてしまった。
「お前は何をやっている」
「いやいやいやいや。今、オリンさまが変なことをおっしゃったからですよ」
ミーナは立ち上がると、ふきんを持ってきてこぼしたところ拭き始める。そうしてもう一度、お茶を淹れなおしてフレドリックの隣へと座る。
「まったく。寝言は寝てから言ってください」
ふん、とミーナは頬を膨らませながらお茶を飲んだ。そしてお茶菓子を口の中へ放り込む。
「いや、真面目な話なんだが?」
「何がですか?」
「結婚の話」
「だから。急にどうしたんですか? また、熱でも上がってきたんですか?」
ミーナは驚いて、右手をフレドリックの額に当てた。「普通、ですね」
その右手をフレドリックの左手が捕まえた。目の前にフレドリックの端正な顔。気づくと唇はフレドリックのそれに覆われていた。
それはほんの一瞬だけのような感じもしたし、ものすごく長い時間だったような気もする。
「何をなさってるんですか」
「悪くはなかっただろう?」
そう言われると悪くはなかったかもしれない。
「お前は甘いな」
「今、お菓子を食べましたからね」
「怒っているのか?」
「少しだけ」
そう、悪くはなかったけれど、ちょっとだけ怒りたいのだ。
「私が真面目な話をしているのに、お前がはぐらかすのが悪い」
「真面目な話?」
ミーナは聞き返した。
「ああ」
「真面目な話って、結婚の話ですか?」
「先ほどからそう言っているだろ?」
「いやいやいやいやいや、無い、有り得ないですよね?」
ミーナは自分を落ち着かせるために、お茶を一口飲んだ。落ち着け、自分。
「オリンさまと私では、身分が天と地ほど違います。言うならば、天国と地獄です。むしろ、天使と悪魔くらい。この場合、身分的にオリンさまは天使かもしれませんが、気持ち的には天使は私です」
「相変わらず、お前の言っていることは面白いな。それで、それが何か問題でも?」
「問題だらけです」
本音を言えば、フレドリックから結婚したいと言われたことも、今のような行為も嬉しかったのかもしれない。
だけど、そう素直に喜べない問題、それが身分差。
「オリンさまは爵位をお持ちだったと記憶しております。私は孤児です。有り得ないですよね?」
「そうか?」
「そうです」
「そうか」
そんな風に呟いたフレドリックは少し寂しそうにも見える。だから、思わずミーナも言ってしまった。
「本音を言えば、ちょっと嬉しかったのですが」
その言葉をしっかりと聞いているフレドリック。
「つまり、お前は私と結婚してもいい、と?」
「え、と。まあ。そう、ですね。相手がオリンさまというのも悪くはないかもしれないですね。いや、でも、だからっていきなり結婚は無いです。もう少し、順番というものがあるじゃないですか」
「順番とは?」
フレドリックが身を乗り出してきた。
「うーん、そうですね。まずは、お付き合いから?」
「お付き合い? なんだ、それは」
「うーんと、一緒にご飯食べたり、一緒にお出かけしたり、とか?」
「ご飯ならいつも一緒に食べているだろ」
「それもそうですね」
「その理論からいけば、私とお前は付き合っている、ということでいいのか?」
「えっと」
そうですね、と言いそうになってミーナはその言葉を飲み込んだ。なんか、流され始めているぞ。
「付き合ってません」
「オリンさま」
ミーナの机の場所は徐々に移動していき、今ではフレドリックの側。彼とは九十度の角度をつけて置かれるようになった。つまり、ミーナが顔をあげると右前方にフレドリックの顔がある。
「どうした」
「やっぱり、私の魔法はこの魔導書の内容と異なるんですね」
「今更、どうした?」
「いえ、読めば読むほど違うということに気づきました」
ふむ、とフレドリックは頷いた。
「今更気づいたのか、と言いたいところだが……。お前は、自分の生まれたところへ帰りたいか?」
「え?」
驚き、ミーナはフレドリックの顔を見てしまう。彼もこちらを見ている。
「前々から言っているが、お前はこの国の者ではない。魔法の性質から考えると、北側にあるコモッティ国の者である可能性が高い」
コモッティ? とミーナは口の中で呟く。聞いたことは無い。「遠いですか?」
「そうだな。ここからだと、馬で二十日ほど」
遠いじゃん、とミーナの心の中のツッコミ。
「戻りたいのか?」
フレドリックは真面目な顔をして聞いてくる。たいてい、彼の顔は真面目というか鉄面皮というか無表情なのだが。たまに、ミーナと話をするときだけ、少し笑う。
「戻りたいのか、と言われましても。私は今、そのコモッティという国の名を初めて聞きましたし。だから、戻るという感覚はありませんし、だからと言って行ってみたいとも思わないですし」
コモッティという国の名を初めて聞いたと言ったら、また彼の眼はバカかという色を浮かべた。だが、それはすぐに優しい色に変わる。
「そうか」
「ですので。ご迷惑でなければオリンさまのお側に置いていただけると、非常に助かります」
「迷惑ではない」
フレドリックのその言葉に、ミーナは安心したかのように笑みを浮かべた。だが、すぐさまフレドリックは言葉を続ける。
「いつまで側にいるつもりだ?」
「いつまで、というのは」
「一生、側にいるつもりなのか?」
「えっと、それは」
一生側に、ってまるでプロポーズみたいだな、と思うミーナではあるが。一生魔導士団かと言われると、多分、途中で退団するだろうと思う。だけどきっとフレドリックは一生、何かしらの研究をしているだろうなとも思う
「では、魔導士団を退団するまで」
「退団、するつもりなのか?」
「えっと、いつかは退団するかと思いますが?」
「そうか」
今日のフレドリックはおかしい。まあ、ミーナから見たらいつもおかしいし、よくわからない人物なのだが。
「魔導士団を退団したらどうするつもりだ?」
「えっと。先のことはわからないですけれど。多分、普通に結婚して、普通に子供を産んで、普通に生活するんでしょうね」
「結婚、したいのか?」
「ええ、まあ。いずれは。私、孤児だったから、その、家族っていうものに憧れがあるんです」
「いるのか? そういう相手が」
「はあ? 何言ってるんですか、いるわけないじゃないですか。それともオリンさまが誰か紹介をしてくださるんですか?」
「そうだな、考えておこう」
「はいはい、期待しないで待ってます」
そこまで言うと、ミーナは立ち上がった。
「お話したら喉が渇いたのでお茶を淹れますが、オリンさまはいかがいたしますか?」
「ああ、頼む」
「どちらにお持ちしましょうか?」
「今、移動する。そっちへ」
つまり、ソファ席ということか。よくよく見たら、フレドリックの机の上にお茶を置くようなスペースは無い。後で片づけてあげようかな、とも思う。
お茶と一緒にお茶菓子も準備する。ミーナが正式な魔導士団所属になってからは、カミラが必要な食材とお菓子を、こうやって毎日届けてくれるようになった。
いつものようにフレドリックの隣に腰をおろすミーナ。
「ミーナ」
ミーナがお茶を一口飲んだら、フレドリックに名前を呼ばれた。いつも以上に鉄面皮。
「はい」
名前を呼ばれたミーナは条件反射で返事をする。
「だったら、私と結婚するか?」
「え、え、えええ? あ、あちっ」
思わずミーナは手にしていたお茶をこぼしてしまった。
「お前は何をやっている」
「いやいやいやいや。今、オリンさまが変なことをおっしゃったからですよ」
ミーナは立ち上がると、ふきんを持ってきてこぼしたところ拭き始める。そうしてもう一度、お茶を淹れなおしてフレドリックの隣へと座る。
「まったく。寝言は寝てから言ってください」
ふん、とミーナは頬を膨らませながらお茶を飲んだ。そしてお茶菓子を口の中へ放り込む。
「いや、真面目な話なんだが?」
「何がですか?」
「結婚の話」
「だから。急にどうしたんですか? また、熱でも上がってきたんですか?」
ミーナは驚いて、右手をフレドリックの額に当てた。「普通、ですね」
その右手をフレドリックの左手が捕まえた。目の前にフレドリックの端正な顔。気づくと唇はフレドリックのそれに覆われていた。
それはほんの一瞬だけのような感じもしたし、ものすごく長い時間だったような気もする。
「何をなさってるんですか」
「悪くはなかっただろう?」
そう言われると悪くはなかったかもしれない。
「お前は甘いな」
「今、お菓子を食べましたからね」
「怒っているのか?」
「少しだけ」
そう、悪くはなかったけれど、ちょっとだけ怒りたいのだ。
「私が真面目な話をしているのに、お前がはぐらかすのが悪い」
「真面目な話?」
ミーナは聞き返した。
「ああ」
「真面目な話って、結婚の話ですか?」
「先ほどからそう言っているだろ?」
「いやいやいやいやいや、無い、有り得ないですよね?」
ミーナは自分を落ち着かせるために、お茶を一口飲んだ。落ち着け、自分。
「オリンさまと私では、身分が天と地ほど違います。言うならば、天国と地獄です。むしろ、天使と悪魔くらい。この場合、身分的にオリンさまは天使かもしれませんが、気持ち的には天使は私です」
「相変わらず、お前の言っていることは面白いな。それで、それが何か問題でも?」
「問題だらけです」
本音を言えば、フレドリックから結婚したいと言われたことも、今のような行為も嬉しかったのかもしれない。
だけど、そう素直に喜べない問題、それが身分差。
「オリンさまは爵位をお持ちだったと記憶しております。私は孤児です。有り得ないですよね?」
「そうか?」
「そうです」
「そうか」
そんな風に呟いたフレドリックは少し寂しそうにも見える。だから、思わずミーナも言ってしまった。
「本音を言えば、ちょっと嬉しかったのですが」
その言葉をしっかりと聞いているフレドリック。
「つまり、お前は私と結婚してもいい、と?」
「え、と。まあ。そう、ですね。相手がオリンさまというのも悪くはないかもしれないですね。いや、でも、だからっていきなり結婚は無いです。もう少し、順番というものがあるじゃないですか」
「順番とは?」
フレドリックが身を乗り出してきた。
「うーん、そうですね。まずは、お付き合いから?」
「お付き合い? なんだ、それは」
「うーんと、一緒にご飯食べたり、一緒にお出かけしたり、とか?」
「ご飯ならいつも一緒に食べているだろ」
「それもそうですね」
「その理論からいけば、私とお前は付き合っている、ということでいいのか?」
「えっと」
そうですね、と言いそうになってミーナはその言葉を飲み込んだ。なんか、流され始めているぞ。
「付き合ってません」