【電子書籍化】どうやら魔導士さまたちに興味を持たれてしまったようです
 薬草の里のウルセライは夜通し馬を走らせて二日かかる距離。騎士団は馬で向かうが、魔導士団は馬車で向かう。では、魔導騎士のミーナはというと、今回は騎士団の指揮下に置かれることから、馬で向かっていた。
「ミーナ、魔導士団の方はどうだ?」
 馬を目的地から少し離れた場所につないでいた時、声をかけてきたのは騎士団のトファー団長。ミーナのほんの数日前までの上司。

「まだ数日ですから、よくわかりません。あっちに異動したと思ったら、結局こっちですし。かわったのは、寮の部屋だけですよ。それよりも『晴天の野獣』という二つ名はご存知ですか?」
 ミーナは元上司をジロリと睨んだ。
「知ってるも何も、名付け親は俺だ」
 右手の親指を自分の顔に向けるトファー。
「せめて、もう少し可愛い二つ名にしてくださいよぅ。女神、とか」

「お前、それマジで言ってんの? どっからどう見ても、剣を振っているお前は野獣だからな。自覚ないって恐ろしいわ」

「ひどい」

 シクシクとミーナは泣き真似をする。騎士団のいいところは、この団長がとても気さくなところだ。相手が庶民だろうが貴族だろうが、実力を認めてくれているところ。そしてミーナを騎士として認めてくれている数少ない理解者。
 そうやって無駄口を叩いているうちに、ドラゴンがいると言われている洞窟の前に着いた。この洞窟の中には珍しい薬草があるのだが、数日前からドラゴンが住み着いてしまい、その珍しい薬草を取りにいけない、と言う。

「なんだ、魔導士団はすでに来ていたのか」
 洞窟の入り口を睨みつけながら、トファーは言った。

「意外と遅かったな」
 エドアルドの第一声がこれ。
「まあ、いい。これ、どう思う?」
 腕を組み、洞窟の入り口を顎でしゃくってエドアルドが尋ねた。

「どう思うも何も、どうやって中に侵入するかが問題だな」
 トファーがそう言うのも無理はない。
 洞窟内から感じる熱気。これは属性が火であるレッドドラゴンから発せられているもの、と推測をする。

「俺たちに、防御魔法をかけて欲しいと言ったら、それはどのくらい持つ?」
 トファーが尋ねた。

「よくて五分だな」

「それしか持たないのか? それではドラゴンの元にまで辿り着けないな」
 仮に辿り着けたとしても、残りの時間でドラゴンを倒すことができるかもわからない。

「では、先頭は私が行きます」
 ミーナが前に出る。
「私の魔導防具であれば一時間持ちます。一時間あれば、ドラゴンの力を弱らせることができます。多分」

「おい、多分ってなんだよ」
 笑いながらトファーが言う。

「まぁ、自信が無いので、多分です。ダメだったときは、骨でも拾ってください」

「無理だ。この熱気ではお前の骨を拾いにいけない。だから、無理だと思ったら骨になる前に戻ってこい」
 トファーのその言葉に頷き、ミーナは自分の胸に手を当てた。魔導武具の属性を氷に変える。その繊細な魔力操作を、エドアルドは黙って見ていた。

「それでは、行ってまいります」
 ミーナが騎士団の前で、ペコリと頭を下げる。今日も一つに縛った黒い髪が一緒に前に倒れてきた。
 そして、騎士団一同に見送られながら、ミーナは一人洞窟の中へと向かう。

「おい、ミーナ。ちょっと待て」
 呼び止めたのはエドアルド。
「お前に防御魔法をかける」
 と言って、身のこなしが素早くなる魔法と、熱気を和らげる魔法をかけた。

「ありがとうございます」
 言い、笑顔を顔中に散らすミーナ。

「これが晴天の由来だ。悪くないだろ?」
 と、エドアルドの耳元で囁くトファー。
「ああ、悪くはないな」
 同意する。
 今度こそ、ミーナは一人、洞窟の中へ消えて行った。

「エド。この熱気が弱まったら俺たちも中に入る。さすがにミーナ一人にまかせてはおけん。そのときは、俺たちにも防御魔法をかけてくれ」

「トファー。言い忘れていたが。すでに中に入っていった奴がもう一人いる」

「は? いるのか、そんな奴」

「いる。お前もよく知っている天才魔導士だ」

「まさか、フレド?」
 あちゃーとトファーは額に手を当てた。

「ミーナを行かせたのはまずかったか?」

「なぜだ?」

「だから、あいつは野獣なんだよ。あの魔導剣を持つと人が変わるんだよ。フレドとミーナなんて、想像しただけでも……笑える」
 トファーは笑いをこらいきれず、本当に笑っていた。




 もはや笑われているだろうとは露知らず。ミーナは洞窟内を熱気の元へと向かって走っていた。自画自賛ではないが、この魔導武具のおかげで熱さを感じることは無い。それに加え、エドアルドにかけてもらった防御魔法の効果もあるのかもしれない。騎士団から魔導士団へ異動の話を聞いたときはどうなるかと思ったが。

 もわ、っと熱気が一段と強くなった。この先に目的があることはわかった。ミーナは剣を両手で構え直した。だがそのとき、一人の人物が視界に入った。彼は防御魔法で身を包んでいるが、ぴくりとも動かない。
 今回の討伐対象物であるレッドドラゴンが、鋭い爪をその人物に向かって振り上げた。レッドドラゴンの胸はがら空きだった。ミーナはその場から駆け出して跳躍する。

 いつもより体が軽く素早く動くのは、エドアルドの魔法のおかげだろう。跳躍した瞬間に両手剣は背中の鞘にしまい、腰に差していた細身の片手剣へと持ち帰る。これにも素早く氷の魔法を付与し、ドラゴンの胸元に向かって投げつけた。

 グギャーーー。

 ドラゴンの咆哮が洞窟内へ響いた。この声は、外にいる騎士団へも届いたに違いない。それと同時に、この洞窟内を覆っていた熱気が弱まる。
 ミーナは暴れるレッドドラゴンを前に、両手剣を手にした。そして背中でかばっているその人物へ声を投げた。

「お前は死にたいのか。邪魔だ、そこをどけ」

 ミーナはくるりと向きをかえ、両手剣を微動だにしないその人物へと向けた。ここにトファーがいたのであれば、剣を向ける相手を間違えている、とツッコミをいれてくれただろう。だが、残念ながら、彼女のお守り役である彼はいない。

「魔導剣、だと?」

 ぽつりとそれが呟くのが耳に入ったが、背後から気配を感じた彼女は、その人物を突き飛ばした。ドラゴンの胸に刺さっていたはずの剣は抜けている。レッドドラゴンの弱点は額。それ目掛けて、ミーナは飛んだ。それと同時に、氷の魔法が飛んできたのがわかった。あいつは魔導士だったのか、と考える。その氷の魔法はドラゴンの胸元に命中したようだ。それと同時に、この洞窟内を冷やすためなのか、レッドドラゴンの力を弱めるためなのか、次々と氷山が生まれドラゴンの周りを埋め尽くす。
 ミーナは両手でレッドドラゴンの額にその魔導剣を突き刺した。額を突かれたそれは頭を大きく振り回す。ミーナは暴れる頭に振り回されながら、剣をしっかりと握っていた。
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