【電子書籍化】どうやら魔導士さまたちに興味を持たれてしまったようです
朝食の時間には少し遅く、昼食の時間には少し早い。ミーナはゆっくりとパンを噛み締めていた。
休みにも関わらず、彼と一緒に食事をしているのが少し不思議な感覚だった。いつもなら、食堂を利用しているのに。やはりここは、食費が浮いてラッキーと思っておくところだろうか。
「どうかしたのか?」
あまりにもゆっくりと食事をすすめている彼女を不思議に思ったのだろう。
「いえ。休みなのに、オリンさまと食事をしていることが不思議なだけです」
「そうか。だったら、食費が浮いてラッキーくらいに思っておくんだな」
「え」
「どうした?」
「心を読まれたのかと」
「そうか」
特に満足な表情を浮かべるわけでもなく、だからといって不満だという表情でもなく、パンをちぎっては口に運び入れているフレドリック。
「あ」
「どうした?」
「フレドさま、でした」
今更か、とフレドリックは呟くが、慣れないながらも名前を呼んでくれる姿がなんとも愛おしい。
「今日の休みは、何か予定があるのか?」
唐突にフレドリックがそんなことを尋ねる。
「いえ、特に。何も」
「お前は休みの日は何をしているんだ?」
多分、純粋な興味から尋ねたのだろう。しかも結婚したい相手であるミーナのことが、気にならないわけがない。
「えっと。そうですね。本を読んだり、魔導武具を作ったり。ですかね。ときどき、買い物にも行きますけど」
フレドリックは、ちょっと笑った。予想通りの回答だったらしい。
「だったら今日は、私と買い物に行くか?」
フレドリックから誘われるとは思ってもいなかった。何も手にしていなくてよかったし、何も口の中に入っていなくてよかった。何かを手にしていたらそれをポトリと落としただろうし、何かが口の中に入っていたらそれを吹き出していたからだ。
「順番ってものがあるんだろ? 一緒にご飯食べたり、一緒に出掛けたり。私たちは、お前が言うところの付き合っているというものでいいんだよな?」
フレドリックが嬉しそうにそんなことを言う。
「えっと、そうですね」
フレドリックは結婚して欲しいと言った。結婚の前段階は婚約だろう。だが、婚約はしていないとなれば、付き合うっていうのが正しい表現なのかもしれない。
「私とフレドさまはお付き合いをなさっている、ということでよろしいですかね」
自信なく言葉を発するミーナに、フレドリックは苦笑した。
食事を終えると、フレドリックはミーナに着替えてこい、と言う。どうやら魔導士団の服では目立つそうで。平服でいいらしい。
ミーナは休みの日に着ているワンピースに着替えるために、一度寮に戻ることにした。するとフレドリックは。
「ここに住めばいいじゃないか。ついでに荷物も持ってこい」
それはまだ心の準備ができていないということを理由に、断った。
フレドリックとの待ち合わせ場所は、この魔導士団の建物の裏と言われた。そこから少し歩くと裏門があるらしい。待ち合わせという響きに、なぜか顔がほころぶミーナ。
「お待たせしてしまって申し訳ありません」
木の陰に立っていたフレドリックを見つけたミーナは、小走りで近づいた。いつもと違うフレドリック。魔導士のローブではない、からだ。
「暑いかもしれないが、これをかぶれ」
ワンピースの上からフードをかぶせられた。
「悪いが、ここを出るまでは顔を隠しておけ」
もしかして。もしかしなくても、お忍び。堂々と町へ出ることができるミーナとは違うのだろうか。だから、こんな裏門から出るのか、と思わずにはいられない。
「おい」
フレドリックが左手を伸ばしてきた。どういう意味だろう、と不思議に思って首を傾けると。
「手」
と言われる。つまり、手を繋げ、ということか。
ミーナは恐る恐るそのフレドリックの手をとった。彼の手は少し温かかった。
「お前のことだ。ふらふらとどこかに行かれて、迷子になっても困るだろう」
また、鼻で笑われた。
ミーナと手を繋いだフレドリックは、裏門へと向かう。裏門だからといって、誰もいないわけではない。こちらにもこっそりと門番はいるのだ。もちろん、騎士団の人間。
「おい」
フレドリックが門番に声をかけると、彼らは声がした方に顔を向ける。その瞳をフレドリックはじっと見つめる。すると不思議なことに、彼らの身体はゆっくりと崩れ落ち、その門柱に寄り掛かるようにして眠ってしまった。
「フレドさま?」
ミーナが驚いて彼の顔を見上げると、フレドリックはいたずらをした子供のような笑みを浮かべていた。
「もしかして、いつもこのようなことを?」
ミーナのその問いにも、いたずらっこのような笑みを浮かべるだけであった。
フレドリックはぎゅっとミーナと手を繋いで、目の前に広がる街へと足を進めた。王都の街と王宮は、そんなに離れてはいない。歩いていけない距離ではないのだが、たいていは馬車を使う。歩いていくようなのは、ミーナのような庶民あがりの騎士団員が多いだろう。だが、フレドリックは貴族のはずだ。それでも歩いていく、というのは。
「お忍び、なんですか?」
ミーナは彼を見上げた。フレドリックは、またその顔に満足そうな笑みを浮かべ、黙ってミーナを見下ろしていた。
考えれば考えるほど、このフレドリックという男は謎だ。だから、考えるのをやめた。
案内された場所は、普段のミーナなら絶対に足を踏み入れないようなキラキラと輝くお店だった。このキラキラ輝くというのはミーナの印象。つまり、豪華な店、ということを言いたいのだ。
「お待ちしておりました、フレドリック様」
フードをかぶっているはずなのに、店に入ってきたのがフレドリックであることに気付く店主。
「使い虫を飛ばしておいた」
フレドリックは言う。使い虫とは、その名の通り、魔導士に使われる虫。別に虫である必要は無くて、鳥だったり哺乳類だったり爬虫類だったり、何でも良いのだ。フレドリックは蝶を使っていた。フレドリックと蝶。似合わな過ぎて、ちょっと笑いたくなる。ちなみに、ミーナはもちろん使い虫は使えない。だからといって、使い鳥も使えない。
「彼女のドレスを頼みたい」
フレドリックと店主の会話に驚き、ミーナはまたフレドリックの顔を見あげた。
「え」
「お前。ドレスとか持っていないだろう?」
確認するために、否定から入るフレドリック。いや、間違いではないのだが。
「あ。はい。持っていません」
「最初のうちは、不自由な思いをさせるかもしれないが。それでもいいか?」
どういう意味だろう、とミーナは思った。まあ、身分が違うということでいろいろ言われるのは目に見えている。それでもいいと言ってくれたのはフレドリックだし、それを信じたのは自分だ。
「はい、フレドさまを信じていますから」
彼女のそれに、フレドリックは嬉しそうに、そして望みが満たされたように頷いた。
休みにも関わらず、彼と一緒に食事をしているのが少し不思議な感覚だった。いつもなら、食堂を利用しているのに。やはりここは、食費が浮いてラッキーと思っておくところだろうか。
「どうかしたのか?」
あまりにもゆっくりと食事をすすめている彼女を不思議に思ったのだろう。
「いえ。休みなのに、オリンさまと食事をしていることが不思議なだけです」
「そうか。だったら、食費が浮いてラッキーくらいに思っておくんだな」
「え」
「どうした?」
「心を読まれたのかと」
「そうか」
特に満足な表情を浮かべるわけでもなく、だからといって不満だという表情でもなく、パンをちぎっては口に運び入れているフレドリック。
「あ」
「どうした?」
「フレドさま、でした」
今更か、とフレドリックは呟くが、慣れないながらも名前を呼んでくれる姿がなんとも愛おしい。
「今日の休みは、何か予定があるのか?」
唐突にフレドリックがそんなことを尋ねる。
「いえ、特に。何も」
「お前は休みの日は何をしているんだ?」
多分、純粋な興味から尋ねたのだろう。しかも結婚したい相手であるミーナのことが、気にならないわけがない。
「えっと。そうですね。本を読んだり、魔導武具を作ったり。ですかね。ときどき、買い物にも行きますけど」
フレドリックは、ちょっと笑った。予想通りの回答だったらしい。
「だったら今日は、私と買い物に行くか?」
フレドリックから誘われるとは思ってもいなかった。何も手にしていなくてよかったし、何も口の中に入っていなくてよかった。何かを手にしていたらそれをポトリと落としただろうし、何かが口の中に入っていたらそれを吹き出していたからだ。
「順番ってものがあるんだろ? 一緒にご飯食べたり、一緒に出掛けたり。私たちは、お前が言うところの付き合っているというものでいいんだよな?」
フレドリックが嬉しそうにそんなことを言う。
「えっと、そうですね」
フレドリックは結婚して欲しいと言った。結婚の前段階は婚約だろう。だが、婚約はしていないとなれば、付き合うっていうのが正しい表現なのかもしれない。
「私とフレドさまはお付き合いをなさっている、ということでよろしいですかね」
自信なく言葉を発するミーナに、フレドリックは苦笑した。
食事を終えると、フレドリックはミーナに着替えてこい、と言う。どうやら魔導士団の服では目立つそうで。平服でいいらしい。
ミーナは休みの日に着ているワンピースに着替えるために、一度寮に戻ることにした。するとフレドリックは。
「ここに住めばいいじゃないか。ついでに荷物も持ってこい」
それはまだ心の準備ができていないということを理由に、断った。
フレドリックとの待ち合わせ場所は、この魔導士団の建物の裏と言われた。そこから少し歩くと裏門があるらしい。待ち合わせという響きに、なぜか顔がほころぶミーナ。
「お待たせしてしまって申し訳ありません」
木の陰に立っていたフレドリックを見つけたミーナは、小走りで近づいた。いつもと違うフレドリック。魔導士のローブではない、からだ。
「暑いかもしれないが、これをかぶれ」
ワンピースの上からフードをかぶせられた。
「悪いが、ここを出るまでは顔を隠しておけ」
もしかして。もしかしなくても、お忍び。堂々と町へ出ることができるミーナとは違うのだろうか。だから、こんな裏門から出るのか、と思わずにはいられない。
「おい」
フレドリックが左手を伸ばしてきた。どういう意味だろう、と不思議に思って首を傾けると。
「手」
と言われる。つまり、手を繋げ、ということか。
ミーナは恐る恐るそのフレドリックの手をとった。彼の手は少し温かかった。
「お前のことだ。ふらふらとどこかに行かれて、迷子になっても困るだろう」
また、鼻で笑われた。
ミーナと手を繋いだフレドリックは、裏門へと向かう。裏門だからといって、誰もいないわけではない。こちらにもこっそりと門番はいるのだ。もちろん、騎士団の人間。
「おい」
フレドリックが門番に声をかけると、彼らは声がした方に顔を向ける。その瞳をフレドリックはじっと見つめる。すると不思議なことに、彼らの身体はゆっくりと崩れ落ち、その門柱に寄り掛かるようにして眠ってしまった。
「フレドさま?」
ミーナが驚いて彼の顔を見上げると、フレドリックはいたずらをした子供のような笑みを浮かべていた。
「もしかして、いつもこのようなことを?」
ミーナのその問いにも、いたずらっこのような笑みを浮かべるだけであった。
フレドリックはぎゅっとミーナと手を繋いで、目の前に広がる街へと足を進めた。王都の街と王宮は、そんなに離れてはいない。歩いていけない距離ではないのだが、たいていは馬車を使う。歩いていくようなのは、ミーナのような庶民あがりの騎士団員が多いだろう。だが、フレドリックは貴族のはずだ。それでも歩いていく、というのは。
「お忍び、なんですか?」
ミーナは彼を見上げた。フレドリックは、またその顔に満足そうな笑みを浮かべ、黙ってミーナを見下ろしていた。
考えれば考えるほど、このフレドリックという男は謎だ。だから、考えるのをやめた。
案内された場所は、普段のミーナなら絶対に足を踏み入れないようなキラキラと輝くお店だった。このキラキラ輝くというのはミーナの印象。つまり、豪華な店、ということを言いたいのだ。
「お待ちしておりました、フレドリック様」
フードをかぶっているはずなのに、店に入ってきたのがフレドリックであることに気付く店主。
「使い虫を飛ばしておいた」
フレドリックは言う。使い虫とは、その名の通り、魔導士に使われる虫。別に虫である必要は無くて、鳥だったり哺乳類だったり爬虫類だったり、何でも良いのだ。フレドリックは蝶を使っていた。フレドリックと蝶。似合わな過ぎて、ちょっと笑いたくなる。ちなみに、ミーナはもちろん使い虫は使えない。だからといって、使い鳥も使えない。
「彼女のドレスを頼みたい」
フレドリックと店主の会話に驚き、ミーナはまたフレドリックの顔を見あげた。
「え」
「お前。ドレスとか持っていないだろう?」
確認するために、否定から入るフレドリック。いや、間違いではないのだが。
「あ。はい。持っていません」
「最初のうちは、不自由な思いをさせるかもしれないが。それでもいいか?」
どういう意味だろう、とミーナは思った。まあ、身分が違うということでいろいろ言われるのは目に見えている。それでもいいと言ってくれたのはフレドリックだし、それを信じたのは自分だ。
「はい、フレドさまを信じていますから」
彼女のそれに、フレドリックは嬉しそうに、そして望みが満たされたように頷いた。