【電子書籍化】どうやら魔導士さまたちに興味を持たれてしまったようです
暗い通路を二人で歩く。この建物にこんな通路があるということを知らなかった。カツン、コツッ、カツン、コツッと二種類の足音が響く。
「勝手に、脇道に入るなよ」
「はい」
フレドリックはそのために彼女と手を繋いでいた。ミーナが脇道に入って、他の場所へと行かないように。ここは、隠し通路。選ばれし者だけが使える通路。
「こんな場所があるとは知りませんでした」
「ああ、たいていの者は知らない」
つまりフレドリックはそのたいていの者には該当しないということだ。彼は慣れた足取りで進み、そして一つの扉を開ける。
「あ」
扉の向こうはフレドリックの部屋だった。ミーナは扉を挟んであちらとこちらをきょろきょろと首を振る。
「そういうことだ」
そういうことか。
つまり、フレドリックの部屋には隠し扉があって、そこから外に行けるってこと。つまり、誰にも見られることなく外に出ることができる、ということ。
「疲れただろう」
「あ、はい。いえ。楽しかったです」
彼の部屋へ入り、そこからいつもの研究室の方へと向かう。ソファ席のテーブルの上に買ってきたお菓子を置く。
「あの。お茶、淹れますね。美味しいお菓子もありますので」
ミーナがパタパタとお茶の準備を始めたため、フレドリックはいつものソファのいつもの場所で待つことにした。
お茶の準備を終えたミーナは、フレドリックの隣に座る。いつもは、人半分座れるように空いている二人の間だが、今日はその間も無い。ちょっとだけくっついている。
「あの。フレドさま」
カップを両手で抱えたミーナが、カップを見つめたままフレドリックに声をかけた。
「なんだ」
「あの、今日のお代ですが。今、手持ちがないので、部屋に戻ったら持ってきますので。請求をお願いします」
「いい」
と言われた意味がわからなかった。ゆっくりとフレドリックの方に首を向けると、目が合った。
「代金は、いらん。私からのプレゼントだ」
「え、え。いや、そんな。プレゼントだとしても、いただきすぎです」
「お前、また、こぼすぞ」
ミーナは手にしていたカップをフレドリックに奪われた。そして彼はゆっくりとそれをテーブルの上に置く。
「だったら。私からの礼だと思えばいい」
「礼って」
「日々の食事のだ」
「ですが、いただきすぎだと思います」
「私に恥をかかせる気か。私がいいと言っているんだ。気にするな」
「では、せめてこれだけでも」
彼女はワンピースのポケットから何かを取り出した。本当に何かと思えるほどの小さなもの。
「私の持ち合わせではこれしか買えなかったのですが。御本を読むときにでも、お使いください」
髪を結ぶための組紐だった。
「これを、私にか? お前が?」
「はい。私からの御礼です」
ミーナはフレドリックの長い髪を手にすくうと、それを器用に三つ編みに編む。そして最後にその組紐で束ねた。
「いかがですか?」
「悪くは無い。これなら、本を読むときも邪魔にはならないな。ただ」
と、フレドリックはそこで言葉を濁す。
「ただ?」
ミーナが聞き返す。
「私はこのように一人で髪をまとめることができない。これでは余計にお前と離れられなくなるな」
そんな風にフレドリックに見下ろされると、ミーナは次第に顔が赤くなる。それを誤魔化すかのように、先ほど買ってきたお菓子に手を伸ばした。
「お前は本当に美味しそうに食べるな」
フレドリックは目を細めた。美味しそうにお菓子を食べるミーナを見ているのだ。じっと、目を反らさずに。
ミーナもここまで見られてしまったら、逆に恥ずかしすぎて食べられない。だから、スプーンをフレドリックの口元にまで運んで、無理やり彼の口につっこんだ。
「フレドさまも、一緒に食べてください。半分こずつって言ったじゃないですか」
口の中が甘ったるくなったのか、フレドリックは一口お茶を含んだ。
それから。
「私としては、こちらを味見したいのだが」
とミーナの首元に唇を寄せる。
「うひゃっ」
変な声を上げてしまったミーナは、ジロリと彼を睨んだ。
「今日は、帰りますからね。夕ご飯、食べたら帰りますよ」
はっきりと言い切るミーナに、寂しそうに視線を向けうフレドリック。たまに見せるこの視線が、ミーナの心に突き刺さる。だから、ちょっとだけ流されそうにもなってしまうのだが、そこはぐっと耐える。そう、耐えるのだ。
「本当にもう、タニラさんからも『旦那様から愛されてますねぇ』とか言われて。どれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってるんですか」
「恥ずかしかったのか?」
「恥ずかしいに決まってるじゃないですか。もう。そもそもフレドさまは私の旦那様ではないっていうのに」
ブチブチ、ネチネチと何かしら言っているようだが、フレドリックの耳には届かない。
「それは悪いことをした」
とフレドリックが謝っているように見えるが、絶対に笑いをこらえている。口だけだ。
ミーナは再びお菓子に手を伸ばし、パクパクと勢いよく食べる。そして、合間にお茶をゴクゴクと飲む。
これは間違いなく怒っている、と彼は思った。笑いをおさえて、素直に謝るべきか。
「ミーナ」
「なんですか」
その口調からも彼女の機嫌が悪そうであることを感じる。
愛してる、と耳元で囁くと、彼女はお菓子を食べていた手をとめて、さらに頬を赤く染めた。そして、もう一度お茶をゴクゴクと飲み干すと。
「そういうことは。今、言わないでください」
ミーナは余計に機嫌を損ねてしまったようだ。彼女は、難しい。
「勝手に、脇道に入るなよ」
「はい」
フレドリックはそのために彼女と手を繋いでいた。ミーナが脇道に入って、他の場所へと行かないように。ここは、隠し通路。選ばれし者だけが使える通路。
「こんな場所があるとは知りませんでした」
「ああ、たいていの者は知らない」
つまりフレドリックはそのたいていの者には該当しないということだ。彼は慣れた足取りで進み、そして一つの扉を開ける。
「あ」
扉の向こうはフレドリックの部屋だった。ミーナは扉を挟んであちらとこちらをきょろきょろと首を振る。
「そういうことだ」
そういうことか。
つまり、フレドリックの部屋には隠し扉があって、そこから外に行けるってこと。つまり、誰にも見られることなく外に出ることができる、ということ。
「疲れただろう」
「あ、はい。いえ。楽しかったです」
彼の部屋へ入り、そこからいつもの研究室の方へと向かう。ソファ席のテーブルの上に買ってきたお菓子を置く。
「あの。お茶、淹れますね。美味しいお菓子もありますので」
ミーナがパタパタとお茶の準備を始めたため、フレドリックはいつものソファのいつもの場所で待つことにした。
お茶の準備を終えたミーナは、フレドリックの隣に座る。いつもは、人半分座れるように空いている二人の間だが、今日はその間も無い。ちょっとだけくっついている。
「あの。フレドさま」
カップを両手で抱えたミーナが、カップを見つめたままフレドリックに声をかけた。
「なんだ」
「あの、今日のお代ですが。今、手持ちがないので、部屋に戻ったら持ってきますので。請求をお願いします」
「いい」
と言われた意味がわからなかった。ゆっくりとフレドリックの方に首を向けると、目が合った。
「代金は、いらん。私からのプレゼントだ」
「え、え。いや、そんな。プレゼントだとしても、いただきすぎです」
「お前、また、こぼすぞ」
ミーナは手にしていたカップをフレドリックに奪われた。そして彼はゆっくりとそれをテーブルの上に置く。
「だったら。私からの礼だと思えばいい」
「礼って」
「日々の食事のだ」
「ですが、いただきすぎだと思います」
「私に恥をかかせる気か。私がいいと言っているんだ。気にするな」
「では、せめてこれだけでも」
彼女はワンピースのポケットから何かを取り出した。本当に何かと思えるほどの小さなもの。
「私の持ち合わせではこれしか買えなかったのですが。御本を読むときにでも、お使いください」
髪を結ぶための組紐だった。
「これを、私にか? お前が?」
「はい。私からの御礼です」
ミーナはフレドリックの長い髪を手にすくうと、それを器用に三つ編みに編む。そして最後にその組紐で束ねた。
「いかがですか?」
「悪くは無い。これなら、本を読むときも邪魔にはならないな。ただ」
と、フレドリックはそこで言葉を濁す。
「ただ?」
ミーナが聞き返す。
「私はこのように一人で髪をまとめることができない。これでは余計にお前と離れられなくなるな」
そんな風にフレドリックに見下ろされると、ミーナは次第に顔が赤くなる。それを誤魔化すかのように、先ほど買ってきたお菓子に手を伸ばした。
「お前は本当に美味しそうに食べるな」
フレドリックは目を細めた。美味しそうにお菓子を食べるミーナを見ているのだ。じっと、目を反らさずに。
ミーナもここまで見られてしまったら、逆に恥ずかしすぎて食べられない。だから、スプーンをフレドリックの口元にまで運んで、無理やり彼の口につっこんだ。
「フレドさまも、一緒に食べてください。半分こずつって言ったじゃないですか」
口の中が甘ったるくなったのか、フレドリックは一口お茶を含んだ。
それから。
「私としては、こちらを味見したいのだが」
とミーナの首元に唇を寄せる。
「うひゃっ」
変な声を上げてしまったミーナは、ジロリと彼を睨んだ。
「今日は、帰りますからね。夕ご飯、食べたら帰りますよ」
はっきりと言い切るミーナに、寂しそうに視線を向けうフレドリック。たまに見せるこの視線が、ミーナの心に突き刺さる。だから、ちょっとだけ流されそうにもなってしまうのだが、そこはぐっと耐える。そう、耐えるのだ。
「本当にもう、タニラさんからも『旦那様から愛されてますねぇ』とか言われて。どれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってるんですか」
「恥ずかしかったのか?」
「恥ずかしいに決まってるじゃないですか。もう。そもそもフレドさまは私の旦那様ではないっていうのに」
ブチブチ、ネチネチと何かしら言っているようだが、フレドリックの耳には届かない。
「それは悪いことをした」
とフレドリックが謝っているように見えるが、絶対に笑いをこらえている。口だけだ。
ミーナは再びお菓子に手を伸ばし、パクパクと勢いよく食べる。そして、合間にお茶をゴクゴクと飲む。
これは間違いなく怒っている、と彼は思った。笑いをおさえて、素直に謝るべきか。
「ミーナ」
「なんですか」
その口調からも彼女の機嫌が悪そうであることを感じる。
愛してる、と耳元で囁くと、彼女はお菓子を食べていた手をとめて、さらに頬を赤く染めた。そして、もう一度お茶をゴクゴクと飲み干すと。
「そういうことは。今、言わないでください」
ミーナは余計に機嫌を損ねてしまったようだ。彼女は、難しい。