【電子書籍化】どうやら魔導士さまたちに興味を持たれてしまったようです
ミーナはちょっと怒っていた。だから、本当はフレドリックの手を振りほどいてさっさと戻りたいのだが、この通路ではそれが無理。何しろ、迷路のようになっている隠し通路だから、一人で歩いたらきっと、いや絶対に迷子になる。
ミーナとは対照的で、フレドリックはなぜかご機嫌だった。あまりにもご機嫌すぎるから、そのご機嫌の理由を聞いてみたいところだが、今は彼と余計な話もしたくない。
部屋に戻ると。
「付き合わせて悪かったな」
と彼が言う。ミーナは「いいえ」と事務的に返事をする。その対応があまりにも事務的であったため、フレドリックもいささか不安になる。
「怒っているのか」
言葉で確認をする。
「少し」
言葉で確認をされたから、答える。
「すまない」
ミーナがくるりと背中を向けて部屋を出て行こうとしたため、フレドリックは後ろから手を伸ばして抱きしめた。ミーナはそれに逆らうことはせず、ただ彼が離れることを待っていた。すっと、力が緩められる。
「私を嫌わないで欲しい」
耳元で囁く。
「オリンさまは、ずるいです」
「ずるい?」
「そんなこと言われたら、どうしたらいいかわからなくなる」
「お前は、私の隣でずっと笑っていたらいい」
「ですが」
そこでミーナは大きく息を吸った。
「結婚については、もう少し考えさせてください」
フレドリックがあの国王の弟であるということを知ってしまった以上、そうやすやすと受け入れることができる話ではないと確信した。
「そうか」
フレドリックは寂しそうにその腕を緩めた。たまに見せるこの表情が、突き放すことのできない原因でもあるのだが。
「私に、大事なことを黙っていた罰です」
「大事なこと?」
「国王陛下の弟だったってことですよ。オリンさまが大事なことを黙っていたこと、私は少し怒っていますからね」
そして、フレドリックから離れた。彼のことを名前で呼ばないところが、怒っている証拠だ。
だが、怒っているにも関わらず、夕食の準備してしまうところは彼女の優しさなのかもしれない。
ただ彼と一緒にいればいるほど、不安になる。本当に彼と一緒になってもいいのだろうか。気持ちだけでは解決できない問題。
そうやって悩んでいるうちに、お披露目会をすると言われた。
「なんの、ですか?」
「お前のだ」
「へ」
という口は本当に三角の形をしていたに違いない。
「なんで、ですか?」
「お前が私の婚約者になったからだ」
「え。いつの間に? 結婚については少し考えさせてほしいと、言ったじゃないですか」
「だから、先に婚約の届を出した」
「どこに」
「教会だろう」
何を知ったことを聞いている、というような口ぶりでフレドリックは言うのだが、ミーナとしてはその心当たりが全くない。
「オリンさま。私にはそのような記憶が一切ないのですが」
「お前だって、サインをしたはずだが」
「いつ」
「いつだったかな。五日くらい前か?」
記憶を掘り起こす。そんな記憶、あったか? あったかも?
五日くらい前、フレドリックは一通の書類を持ってきたはず。それに「いいからサインをしろ」とか言われて、半強制的にサインをした記憶が。
あれ、か。
「オリンさま。あれが婚約のための書類であることを、私に説明してくださいましたか?」
「さあ、どうだったかな。ただ、書類はサインをする前にきちんと目を通すものであると思っているが」
確信犯だ。
「騙しましたね」
「騙した? 人聞きの悪いことを言うな。お前が結婚は待って欲しいと言うから、先に婚約だけ済ませておこうと思っただけだ」
「ですが。私がそう言ったのは、オリンさまとの身分の違いのせいです。私は孤児です。ですから、オリンさまと結婚はできません」
はっきりと口にしてしまった。悲しませてしまったかな、と思った。だが、フレドリックの顔は無表情だった。何の感情も浮かんでいないように見える。悲しみとか怒りとか、何も感じない。
「そうか。だが、お前は私の婚約者だ。そのつもりでいろ」
そのつもりってどのつもりなのかがわからない。
「私に恥をかかせるな」
言うと、フレドリックは自室の方の扉へと向かい、その扉をパタンと激しく音を立てて閉めた。それは、拒絶。
もちろん、ミーナにフレドリックに恥をかかせるつもりなど無い。だから、結婚はしない方がいいだろう、と思う。お披露目のパーティと言われても、何をどうしたらいいかがわからない。
そう悩んだ時に相談する相手として思い浮かんだのは、エドアルドだった。
「ということで、俺のところに来たのか」
「はい」
ミーナはエドアルドの執務席の前に立っていた。
「まったく、君たちの痴話喧嘩に俺まで巻き込むな」
エドアルドは肩をすくめる。だがミーナは笑えない。余計にみじめに感じてしまう。その空気をエドアルドは察した。
「冗談だ。フレドの婚約発表の件は聞いている。とりあえず、礼儀作法とダンスをお前に教え込む。本当は、フレドのほうで手配すべきなんだろうが、あいつ、そこまで頭がまわってないだろ。君に盛大に振られているんだから」
「すいません」
ミーナは縮こまるしかない。
「とりあえず、君は。今日から俺の屋敷で預かる。フレドの方の研究室に顔を出す必要は無い」
「え」
「あれも少し強引すぎる。少しくらい、反省してもらわないとな」
「ですが、そうなったら。オリンさまのお食事が」
「君があそこに来るまでもなんとか生きていたんだから、大丈夫だろ」
と言うエドアルドは、面白そうに笑った。
ミーナとは対照的で、フレドリックはなぜかご機嫌だった。あまりにもご機嫌すぎるから、そのご機嫌の理由を聞いてみたいところだが、今は彼と余計な話もしたくない。
部屋に戻ると。
「付き合わせて悪かったな」
と彼が言う。ミーナは「いいえ」と事務的に返事をする。その対応があまりにも事務的であったため、フレドリックもいささか不安になる。
「怒っているのか」
言葉で確認をする。
「少し」
言葉で確認をされたから、答える。
「すまない」
ミーナがくるりと背中を向けて部屋を出て行こうとしたため、フレドリックは後ろから手を伸ばして抱きしめた。ミーナはそれに逆らうことはせず、ただ彼が離れることを待っていた。すっと、力が緩められる。
「私を嫌わないで欲しい」
耳元で囁く。
「オリンさまは、ずるいです」
「ずるい?」
「そんなこと言われたら、どうしたらいいかわからなくなる」
「お前は、私の隣でずっと笑っていたらいい」
「ですが」
そこでミーナは大きく息を吸った。
「結婚については、もう少し考えさせてください」
フレドリックがあの国王の弟であるということを知ってしまった以上、そうやすやすと受け入れることができる話ではないと確信した。
「そうか」
フレドリックは寂しそうにその腕を緩めた。たまに見せるこの表情が、突き放すことのできない原因でもあるのだが。
「私に、大事なことを黙っていた罰です」
「大事なこと?」
「国王陛下の弟だったってことですよ。オリンさまが大事なことを黙っていたこと、私は少し怒っていますからね」
そして、フレドリックから離れた。彼のことを名前で呼ばないところが、怒っている証拠だ。
だが、怒っているにも関わらず、夕食の準備してしまうところは彼女の優しさなのかもしれない。
ただ彼と一緒にいればいるほど、不安になる。本当に彼と一緒になってもいいのだろうか。気持ちだけでは解決できない問題。
そうやって悩んでいるうちに、お披露目会をすると言われた。
「なんの、ですか?」
「お前のだ」
「へ」
という口は本当に三角の形をしていたに違いない。
「なんで、ですか?」
「お前が私の婚約者になったからだ」
「え。いつの間に? 結婚については少し考えさせてほしいと、言ったじゃないですか」
「だから、先に婚約の届を出した」
「どこに」
「教会だろう」
何を知ったことを聞いている、というような口ぶりでフレドリックは言うのだが、ミーナとしてはその心当たりが全くない。
「オリンさま。私にはそのような記憶が一切ないのですが」
「お前だって、サインをしたはずだが」
「いつ」
「いつだったかな。五日くらい前か?」
記憶を掘り起こす。そんな記憶、あったか? あったかも?
五日くらい前、フレドリックは一通の書類を持ってきたはず。それに「いいからサインをしろ」とか言われて、半強制的にサインをした記憶が。
あれ、か。
「オリンさま。あれが婚約のための書類であることを、私に説明してくださいましたか?」
「さあ、どうだったかな。ただ、書類はサインをする前にきちんと目を通すものであると思っているが」
確信犯だ。
「騙しましたね」
「騙した? 人聞きの悪いことを言うな。お前が結婚は待って欲しいと言うから、先に婚約だけ済ませておこうと思っただけだ」
「ですが。私がそう言ったのは、オリンさまとの身分の違いのせいです。私は孤児です。ですから、オリンさまと結婚はできません」
はっきりと口にしてしまった。悲しませてしまったかな、と思った。だが、フレドリックの顔は無表情だった。何の感情も浮かんでいないように見える。悲しみとか怒りとか、何も感じない。
「そうか。だが、お前は私の婚約者だ。そのつもりでいろ」
そのつもりってどのつもりなのかがわからない。
「私に恥をかかせるな」
言うと、フレドリックは自室の方の扉へと向かい、その扉をパタンと激しく音を立てて閉めた。それは、拒絶。
もちろん、ミーナにフレドリックに恥をかかせるつもりなど無い。だから、結婚はしない方がいいだろう、と思う。お披露目のパーティと言われても、何をどうしたらいいかがわからない。
そう悩んだ時に相談する相手として思い浮かんだのは、エドアルドだった。
「ということで、俺のところに来たのか」
「はい」
ミーナはエドアルドの執務席の前に立っていた。
「まったく、君たちの痴話喧嘩に俺まで巻き込むな」
エドアルドは肩をすくめる。だがミーナは笑えない。余計にみじめに感じてしまう。その空気をエドアルドは察した。
「冗談だ。フレドの婚約発表の件は聞いている。とりあえず、礼儀作法とダンスをお前に教え込む。本当は、フレドのほうで手配すべきなんだろうが、あいつ、そこまで頭がまわってないだろ。君に盛大に振られているんだから」
「すいません」
ミーナは縮こまるしかない。
「とりあえず、君は。今日から俺の屋敷で預かる。フレドの方の研究室に顔を出す必要は無い」
「え」
「あれも少し強引すぎる。少しくらい、反省してもらわないとな」
「ですが、そうなったら。オリンさまのお食事が」
「君があそこに来るまでもなんとか生きていたんだから、大丈夫だろ」
と言うエドアルドは、面白そうに笑った。