【電子書籍化】どうやら魔導士さまたちに興味を持たれてしまったようです
「よくやった、ミーナ」

「団長」

「お前の団長はあっちだ。俺のことはもう団長と呼ぶな」
 トファーが指を指した『あっち』にいたのはエドアルド。彼は部下の魔導士たちに指揮をとり、氷属性の攻撃魔法をありったけかけるように命令している。

「では、団長のことはなんてお呼びすればよろしいですか?」

「名前で構わないぞ?」

「では、トファーさま」

「なんか、気持ち悪いな。様付けをやめてみろ」

「無理です」
 ミーナは顔の前で両手を振った。

「冗談だ。まあ、いい。今回はお前のおかげで助かったようなものだ」
 トファーはミーナの頭をクシャリと撫でた。

「あ、トファーさま。一人、へんてこな魔導士がいたのですが」
 そのミーナが言うへんてこ魔導士に心当たりはあった。

「おい、トファー。そこでいちゃつくな。悪いがドラゴンを外に出してくれ」
 だあれが、いちゃついてるだって? とトファーは吐きながら、騎士団に命令を出す。
「トファーさま。できれば、後でドラゴンの角をください」

「あとでな。今はお前の団長がうるさいから、さっさと仕事を片付ける。おい、エド。ミーナを返す。ミーナは今からエドの指揮下に入れ」

「え、え?」
 ドラゴンを倒してから魔導士団の指揮下と言われても。魔導士団の方もドラゴンを倒したから撤退し始めている。
「団長」
 ミーナはエドアルドの側に駆けつける。
「今より、魔導士団の指揮下に入れと言われました」

「今から、ね。あいつ、めんどうくさいからそんなことを言ったな」
 ドラゴンを運び出している騎士団たちに視線を向けながら、エドアルドは言った。
「私は何をすればよろしいでしょうか」

「まあ、君は今回の立役者だからな。とりあえず片付けの間は休んでいていい。それよりも、君がここに来た時、他に誰かいなかったかい?」

「いました。やる気のない邪魔な魔導士が」
 ミーナのその言葉に、エドアルドはぷっと笑いをこぼした。
「だってよ、フレド」
 エドアルドが視線を向けた先にミーナも顔を向けると、先ほど突き飛ばしたあの男が立っていた。ミーナが突き飛ばした時に尻もちでもついたのか、腰をさすっている。

「なんなんだ、このへんてこな女は。こいつ、私の邪魔をしたんだぞ?」

「いえ、邪魔だったのはあなたのほうです。ドラゴンが襲い掛かってきているのに、無防備に立ち呆けとは、襲ってくださいと言っているようなものではないですか」

「攻撃魔法のタイミングを見計らっていたんだ。どこかの誰かに突き飛ばされたがな」

「え?」
 またエドアルドはぷっと吹き出した。

「おい、エド。この女、こともあろうに私に向かって、邪魔だ、どけとまで言ってきたんだぞ? 教育がなっていないのではないか?」

 エドアルドはトファーが言っていた意味をようやく理解した。フレドリックとミーナの組み合わせは、面白い。それをもっと面白くしてやろうと、彼は考えている。

「ミーナ。これが誰か、わかるか?」
 エドアルドがこれと差しているのはフレドリック。

「いいえ。存じ上げません。不勉強で申し訳ありません」

「魔導士団魔法研究部のフレドリックだ」

 エドアルドがそう紹介すると、ミーナはまた「え?」と言って固まった。

 フレドリック・オリン。ミーナでさえその名前は耳にしたことがある。多分、公爵家だか侯爵家だかの出身。天才魔導士と言われ、十二歳で魔導士団に入団。以後、王宮に専用の研究室を構え、魔法の研究に明け暮れているが、彼の魔法で救われた命や領地は数知れない。

 ミーナは三歩ほど、よろよろと後ろに下がった。そして。
「申し訳ございません」
 といきなり土下座をする。このままでは、地面に穴を掘って埋もれる勢いだ。
「天才魔導士といわれているオリンさまとは知らず。数々の暴言を吐いてしまいました。挙句、オリンさまの邪魔をしてしまうとは、大変申し訳ございません」
 土下座を通り越して、まるでフレドリックに祈りを捧げているようなポーズになっている。そして彼女はその額を地面にキリキリとこすりつけていた。
 ダメだ。面白過ぎる。エドアルドは笑いをこらえていたが、こらえきれずにまたぷっと吹き出した。

「ミーナ。先に伝えておかなかった俺の責任だ。顔をあげろ」

「しかし。オリンさまに会わせるような顔は持ち合わせておりません」

「だってよ、フレド。どうする?」

 フレドリックは大きくため息をついた。

「もういいから、顔をあげろ」

「しかし」

「私がいい、と言っているんだ」

 その言葉を信用してミーナは顔をあげた。額に少し血が滲んでいる。どれだけ額をこすりつけていたのか。

「おい、エド。お前が言っていた面白いものとは、これのことか?」

「そうだ。面白いだろう?」

 フレドリックの言う面白いと、エドアルドの言う面白いの意味は少し違うような気もするが。

「オリンさまの心遣いに感謝いたします」
 ミーナはその声を絞り出した。フレドリックはつかつかと彼女に近寄り、顎を持ち上げ、その瞳を覗き込んだ。

「おいおい、フレド。いきなりそれでは彼女もびっくりするだろう?」
 エドアルドはちょっとだけ笑いをこらえている。

「エド。なんだ、これは?」

「なんだ、これはって。なんだ?」

「だから。こいつはなんなんだ? って聞いてる」

「とりあえず彼女から手を放そうか? 怯えているからな」
 ミーナは本当に怯えていた。多分、自分がやらかした無礼の数々を思い起こしているのだろう。

「彼女はミーナ。先日から魔導士団預かりになった」

「私が聞いているのはそういうことではない」

 エドアルドはわかっていて答えている。こんなに感情をあらわにするフレドリックが面白くて仕方ない。

「この国初の魔導騎士だ」

「魔導騎士、だと?」
 だからか、と呟いている。

「おい、エド。これを私に預けてくれないか?」

「いいよいいよ。魔法を教える代わりに、お前の身の回りの世話でもやらせようかと思っていたんだ」
 もうエドアルドは笑いをこらえることをやめた。お腹を抱えて大笑いだ。

「おい、お前。立てるか?」
 フレドリックがミーナの前に手を差し出した。彼女は考えていた。この手をとってもいいものかどうか。だが、無言の圧力で手を取れと言っている。そっと、ミーナはその手に自分の手を重ねた。

「クソ弱い魔力だな」

 そういうことか。触れることで魔力の鑑定をした、ということ。すっとミーナは立ち上がった。

「おい。血が出ているぞ」
 フレドリックはミーナの額に触れ、そのケガを治した。これが回復魔法。

「オリンさまのお手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
 ミーナは頭を下げるが、いつもペコリと力強く揺れるはずの黒い髪が、今は元気が無い。

「いやぁ。フレドがミーナを預かってくれて助かったよ。騎士団から引っ張ってきたのはいいけど、どうしようか悩んでいたからさ」
 あははは、とエドアルドは笑っている。
「ミーナ。君は今からこのフレドリック付きな。魔導士団魔法研究部所属だ。わかったな?」
 エドアルドのその言葉にミーナはコクリと頷く。
「承知、いたしました」

「フレド。後は頼んだぞ。いいか、彼女はこの国初の魔導騎士だからな。それの意味を忘れるなよ。それから、彼女に魔法を教えてやってくれ」
 フレドリックの眉がピクリと動いた。

「あの、オリンさま。武器を回収してきてもよろしいでしょうか」

「好きにしろ」
 ミーナは走って武器を二本回収した。両手剣と片手剣。どちらも魔導剣。

「おい」
 フレドが声をかけた。

「ミーナです」
 彼女が名前を言う。つまり、名前で呼べ、ということか。

「ミーナ。その武器を見せて欲しい」
 エドアルドの思っていた通り、フレドリックはミーナの武器に食いついた。あの研究オタクが魔導武具に興味を示さないわけがない。

「どちらがよろしいでしょうか」

「どっちでもいい」
 ミーナは片手剣をフレドリックに手渡した。

「この魔法付与は、お前がやったのか?」

「はい」

「クソ弱い魔力のくせに、魔法付与ができるとは。面白い奴だな」
 ミーナはフレドリックの言っている意味がわからなかった。

「まあ、いい。明日からこき使ってやる」
 鉄仮面と呼ばれている彼の口角が少し上がったことに、エドアルドは気付いた。

「おい、ミーナ。馬はどうする」
 なかなか戻ってこない三人にしびれを切らしたのか、トファーがまた戻ってきた。

「なんだ、お前。馬でここまできたのか?」
 ミーナはフレドリックに見おろされた。はい、と頷く。

「帰りは私の馬車に乗れ。お前に興味がある」

「あの、馬は?」

「騎士団に任せておけばいい。お前は私の部下だからな」

 その二人の会話を聞いていたエドアルドはトファーに声をかける。
「だそうだよ、トファー。お前が言った通り、面白い。俺はここだけで一年分笑ったような気がする」

「だけどな、エド。ミーナは魔導士団に預けただけだ。いずれは返してもらう」

「それは、どうかな?」
 エドアルドの視線の先には、何を話しているのかわからないフレドリックとミーナの姿があった。
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