【電子書籍化】どうやら魔導士さまたちに興味を持たれてしまったようです
 フレドリックは椅子に座っていた。彼女の準備が終わるのを待っているのだ。そして深くため息をつく。臣籍降下したはずで、すでに王族ではなくなっている、というのに。
「おい、なぜここで婚約発表をしなければならないんだ」

「それは。君が私の弟だから、だね」

 目の前のブラッドリーは楽しそうに目を細めている。

「どうせ、あっちの屋敷にだって戻っていないんだろう? あそこに四六時中いるんだから。急に君が戻って、向こうを混乱させても大変だ」

 じゃあね、とブラッドリーは背中越しにひらひらと手を振ってその場を離れる。
 フレドリックは再び大きく息を吐いた。そこにブラッドリーと入れ替わるかのようにトファーがやって来た。

「おい、フレド。とうとうお前が結婚を決めるとはな。驚きだ」
 フレドリックは目の前に立っているトファーを見上げた。
「俺は警備でそこにいられないから、先に伝えようと思ってだな。まあ、とにかく、婚約おめでとう」

 トファーが鼻をすすっているのか、左手の人差し指を鼻の下に当てていた。泣くほどのことか?

「それで、お前の婚約者はどこにいるんだ?」

 もしかして、もしかしなくても。彼はフレドリックの相手をしらないのか。まあ、伝えてはいないし、あのエドアルドが伝えているとも思えない。

「あ、フレドさま。お待たせしてしまって申し訳ありません」
 カミラに連れられ、準備を終えたミーナが姿を現した。

「あ。トファーさま」
 彼女がそう声をかけたから、トファーも驚いたのだろう。

「な、お前。ミーナか」

「あ、はい」
 トファーはミーナに近づき、上から横から斜めからと見まわす。

「本当に、ミーナか」

「おい。トファー。人の婚約者をそうじろじろ見るな」

「いや、すまん。本当にミーナなのか」
 トファーは三回も呟いてしまった。彼が疑いたくなるのもわからなくはない。

「あ、はい。一応」

 そこでトファーはぷっと吹き出した。

「悪い。やっぱり、ミーナだわ。まあ、幸せになれよ。お前、孤児だっていってたしな」

「あの。トファーさまは、ご存知ないのですか?」

「何が、だ?」

「あの。私、団長の養子になったのです」

「は?」
 そこでトファーはガシガシと頭を掻いた。

「なんだ、お前。エドの娘でフレドの婚約者になったってことか? なんでそんなに魔導士に囲まれてんだよ」

「彼女が優秀な魔導士だからだろ」
 すかさずフレドリックが声をかける。

「こいつは魔導騎士だ。いずれは返してもらうからな」
 ふん、と言いながらトファーも仕事へと戻る。

「なんだったんだ、あれは」
 ミーナはそれに首を傾けることしかできなかった。

 人嫌いで有名な天才魔導士の婚約というのは、この国の関係者を驚かせるには充分な話題だった。その相手が、この国初の魔導騎士。一部では政略とも言われているが。

「言いたい奴には言わせておけ」
 と言うのがフレドリックの方針であるため、そんな言葉は気にならないらしい。むしろ、そもそも他人からどう言われようが気にしていない男。

「それで。なんで私がここで茶を飲まなければならないんだ」
 残念なことにフレドリックの隣にミーナはいない。今はミモザと一緒に何やらお勉強をしているらしい。
 エドアルドの屋敷の談話室。何が悲しくて男二人、向い合って茶をすすり合わなければならないのか。

「お前が俺の義理に息子になったからだろう?」
 エドアルドは楽しくて非常に気分が良いのだろう。始終、ニコニコと笑みを浮かべている。それを見ているフレドリックにはため息しか出てこない。

「まあ、冗談はおいてだな」
 そこでエドアルドは足を組んだ。
「ブラッドリーは気付いていたぞ? ミーナのあれに」

「そうだろうな。一応、あれでも国王だからな」

「いいのか? このままにしておいて」

「いいんじゃないのか、このままでも。何も問題はないだろう? 今までも問題はなかったのだから。それよりも面倒くさいことに巻き込まれる方が面倒だ。それに、コモッティに深入りするなと言ったのは、お前だろう」

「それもそうだが。多分、ブラッドリーも同じ気持ちだ。お前たちは、やっぱり兄弟だな」
 エドアルドはもう笑うしかなかった。大事なことであるのに、それを見なかったことにしようとする兄弟。だが、ブラッドリーは違うかもしれない。コモッティと何かあったときの切り札に、と考えているかもしれない。
 だがそれも、このフレドリックが隣にいれば大丈夫だろう。

「お待たせしました」
 そこへお菓子を手にしたミーナとミモザがやって来た。
「これ、ミーナさんがお作りになったのですよ」
 ミモザが言うこれとは、パウンドケーキのこと。
 お勉強をしているはずではなかったのか、とフレドリックは思ったのだが。
 ミーナは笑顔のままフレドリックの隣に座る。そして、そのケーキを取り分けると、さっとフレドリックの前に差し出した。彼女の顔を横目で見ると、それは至福の表情で溢れているように見えた。

「なんか、一気に家族が増えた気分だな」
 エドアルドが呟く。

「そうね」
 ミモザも同意する。

「お義父さまも、お義母さまも、どうぞ」

「ミーナさんは料理もお上手なのよ」
 ミモザがケーキの乗った皿を手にした。

「それに惚れた奴がそこにいる」
 エドアルドは顎でしゃくる。すると、またジロリとフレドリックに睨まれる。
「ところでフレド」

「なんだ」

「お前は、いつになったら俺をお義父さんと呼んでくれるんだ?」

「誰が呼ぶか。お前はもうじじいでいいだろう。どうだ、おじいさまと呼ばれるのも悪くはないんじゃないか?」

 と言うフレドリックの言葉を、エドアルドは数秒考え込むのだった。
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