【電子書籍化】どうやら魔導士さまたちに興味を持たれてしまったようです
2.「お前も一緒に食べろ」
ドラゴン討伐から戻ってきて二日の休暇が与えられ、今日が研究室への初めての出勤日である。騎士服ではなく魔導士団の服で王宮内を歩くことにまだ恥ずかしさが残る。
魔導士団魔法研究部、というのがミーナに与えられた所属先。その所属先に向かう前に団長室に顔を出すようにと言われたため、こうやってエドアルドと向かい合って座っている。
「おはよう、ミーナ。今日が魔導士団としての初勤務だな」
「おはようございます、団長。これからお世話になります」
「さて、君が所属する魔法研究部について説明しよう」
「はい」
「所属人員は君を含めて二名。部長はフレドリックだ。以上」
「以上って、説明はそれだけなのでしょうか」
「その通り。これ以上の説明は無い。何か質問はあるかな?」
ミーナはどこからどう突っ込んだらいいかがわからなかった。そもそも所属人員二人ってなんだ? 二人って。
「あの、団長。人員はオリンさまと私の他にはいらっしゃらないということですか?」
「そうだな。二名って言っただろ? だから、フレドリックと君との二名になる」
「私がいないときは?」
「君がいなかったら、単純な計算だな。二引く一は一だろ。フレドリックだけだ」
「では、オリンさまはずっと一人で?」
「そうだ。そもそも魔法研究部はフレドリックのために作ったような部署だ。だから、今までフレドリック以外の者が所属した実績は無い」
「そのような大層な部署に私が行ってもよろしいのでしょうか」
「問題ない。何しろ君はフレドのお気に入りだからな」
エドアルドはまた笑いそうになるのを必死に堪えた。ミーナは納得いかない様子で、はあと返事をした。
「さて、研究部の部屋に案内しよう。ついてきなさい」
エドアルドが立ち上がったので、ミーナも慌てて立ち上がる。エドアルドから三歩下がってついて行く。
「ミーナ、大事なことを忘れていたのだが」
そこでエドアルドが立ち止まったので、ミーナは彼の背中に激突してしまった。エドアルドは驚いて後ろを振り向く。
「大丈夫か?」
「あ、はい。前をよく見ていなくてすいません」
「騎士のわりにはどんくさいな」
そこでエドアルドはトファーが言っていたことを思い出す。
剣を握れば野獣。だが、剣を握らなかったら?
まあ、深く考えることはやめよう。そもそも考えることは苦手だ。ノリと勢いで魔導士団をまとめているだけ。真面目な書類仕事は全部、フレドリックと副団長のシルヴァンに任せておけばいいのだ。
「それで、大事なこととは何でしょうか」
「そうだった。君があまりにもどんくさくて忘れるところだった」
「私がどんくさくても、大事なことは忘れないでください」
鼻をさすりながらミーナが言った。それにエドアルドはニヤリと笑った。このエドアルドという男は、何かしらミーナで楽しんでいるように見える。この男が笑うたびに嫌な予感しかしないのはなぜろう。
「まだ、フレドリックは寝ている」
「はい?」と語尾をあげてしまった。「えっと、どういうことでしょうか?」
「どうもこうも無いのだが、たいていフレドリックは朝方に寝て、昼過ぎに起きる」
「はあ」
「だから、今、研究室へ行ってもフレドリックは寝ている」
「ええと、でしたら私は何をしたらよろしいでしょうか」
「それを今から行って説明する」
再びエドアルドが歩き出したため、ミーナは四歩下がって歩き出した。
「ここがミーナ、君の職場になる」
エドアルドはノックもせずにその部屋の扉を開けた。「相変わらず酷い部屋だな」
ミーナも恐る恐る一歩足を踏み入れた。この部屋を見て、なんとなく状況を理解した。研究部というのは本当に名ばかりなのだろう。執務席のような立派な机が一つ置いてある。その周りには本とか書類が散乱している。それから、いかにもとりあえず置いてみました的な小さな机。
「そこが君の机ね。それでこっちがフレドの机。あと、そこが奥の部屋に通じる扉。フレドが寝てる」
「えっと。オリンさまはこちらに寝泊まりされているのでしょうか」
「まあ、そうだな。そしてたいてい、この部屋から出ない」
「はあ」
気の抜けた返事しかできない。
「悪いけれど。今日はフレドが起きるまでにこの部屋を片付けてくれないかな。俺もソファに座れないし」
その視線の先には高く本が積み上げられていた。多分、この積み上げている元の場所がソファなのだろう。
「はい。承知しました。今日はお昼までに片付けですね」
「そうだね」
「では、明日からは?」
「明日から?」
「あの。オリンさまはお昼過ぎまでは起きてこないのですよね? その間、私は何をしたらいいのでしょう」
「掃除と洗濯と食事の準備」
「え?」
「というのは冗談だが。まあ、フレドの生活能力は著しく乏しい。それを補うようなことをしてくれたら、あとは自由にしてかまわん」
結局、掃除と洗濯と食事の準備をしておけ、ということなのだろう。
「でしたら。オリンさまが寝ている間は、騎士団の方の訓練に参加させていただいてもよろしいでしょうか?」
「なんだ? 騎士団が恋しくなったか?」
「えっと。体力の衰えが心配でして」
ミーナが口にするとプッとエドアルドは吹き出した。
「わかった。ミーナの体力が衰えないように、俺からトファーには連絡しておく」
「ありがとうございます」
彼女がペコリと頭を下げると今日も高く一つに縛ってある髪の毛がふわりと元気に揺れた。
「やはり、君にはこちらの方が似合うな」
エドアルドが褒めたのはミーナの髪型。一つに高く縛っている方がミーナらしい。
それからフレドリックの部屋の世話をしているという侍女を紹介された。ミーナ様が間に入ってくださるなら、非常に仕事がやりやすいです、と涙ながらに言われた。
ミーナは本当に部屋の掃除をする羽目になってしまった。というのも、フレドリックが本当に姿を現さない。さすがに魔導士団の正式配属の初日から、騎士団のほうに顔を出すのはどうなんだろう、と悩み、今に至る。
隣へと続く扉に視線を向けるが、それが動く様子も無いし、その部屋からの物音も一切聞こえない。
ミーナは一冊の本を手にした。これらを片付けなければ、と思い改めてこの部屋を見回すと、片付け甲斐がありそう。フレドリックが起きてくると逆に面倒くさそうだから、今のうちにさっさと片付けることにした。片付けながら、自分が読みたい本を探そう、とも思うところが、ミーナの前向きなところでもある。
お昼を過ぎたころ、隣へと続く扉が開いた。
「おはようございます」
「ああ、今日からだったのか」
フレドリックの長い茶色の髪はボサボサだった。もしかして、もしかしなくても、寝起きは悪いのか?
「あの、オリンさま。お飲み物か何か、準備いたしましょうか」
「先に湯を浴びる」
そうか、だからこの部屋には浴室もあるのか、とミーナは思った。本当にこの人はここに住んでいるんだな、と。研究室というのも名ばかりで、この部屋全体がフレドリックの住処に違いない。
オリンが浴室を使っている間に、ミーナは簡単な食事の準備をした。湯を沸かし、パンを焼き上げる。そう、この部屋にはなんでもそろっていた。
食事ができそうなテーブルを綺麗に拭いて、そこに食事を並べていると、目の前を何かが通りすぎた。だが、この部屋にいるのはミーナとフレドリックのみ。となると、目の前を通り過ぎた何かはフレドリックでしかあり得ないのだが。
「オリンさま」思わず声をかけてしまった。「できればお召し物を着ていただけると、助かるのですが」
「ああ、そうか。今日からお前がいたのか」
言いながら、フレドリックは一度奥の部屋へと姿を消した。さっきもそんなことを言いましたよね、とミーナは心の中で呟きながらも、今、見てしまったものを脳内から追い払うことにした。
寝起きのフレドリックは、人間としてもポンコツだった。
魔導士団魔法研究部、というのがミーナに与えられた所属先。その所属先に向かう前に団長室に顔を出すようにと言われたため、こうやってエドアルドと向かい合って座っている。
「おはよう、ミーナ。今日が魔導士団としての初勤務だな」
「おはようございます、団長。これからお世話になります」
「さて、君が所属する魔法研究部について説明しよう」
「はい」
「所属人員は君を含めて二名。部長はフレドリックだ。以上」
「以上って、説明はそれだけなのでしょうか」
「その通り。これ以上の説明は無い。何か質問はあるかな?」
ミーナはどこからどう突っ込んだらいいかがわからなかった。そもそも所属人員二人ってなんだ? 二人って。
「あの、団長。人員はオリンさまと私の他にはいらっしゃらないということですか?」
「そうだな。二名って言っただろ? だから、フレドリックと君との二名になる」
「私がいないときは?」
「君がいなかったら、単純な計算だな。二引く一は一だろ。フレドリックだけだ」
「では、オリンさまはずっと一人で?」
「そうだ。そもそも魔法研究部はフレドリックのために作ったような部署だ。だから、今までフレドリック以外の者が所属した実績は無い」
「そのような大層な部署に私が行ってもよろしいのでしょうか」
「問題ない。何しろ君はフレドのお気に入りだからな」
エドアルドはまた笑いそうになるのを必死に堪えた。ミーナは納得いかない様子で、はあと返事をした。
「さて、研究部の部屋に案内しよう。ついてきなさい」
エドアルドが立ち上がったので、ミーナも慌てて立ち上がる。エドアルドから三歩下がってついて行く。
「ミーナ、大事なことを忘れていたのだが」
そこでエドアルドが立ち止まったので、ミーナは彼の背中に激突してしまった。エドアルドは驚いて後ろを振り向く。
「大丈夫か?」
「あ、はい。前をよく見ていなくてすいません」
「騎士のわりにはどんくさいな」
そこでエドアルドはトファーが言っていたことを思い出す。
剣を握れば野獣。だが、剣を握らなかったら?
まあ、深く考えることはやめよう。そもそも考えることは苦手だ。ノリと勢いで魔導士団をまとめているだけ。真面目な書類仕事は全部、フレドリックと副団長のシルヴァンに任せておけばいいのだ。
「それで、大事なこととは何でしょうか」
「そうだった。君があまりにもどんくさくて忘れるところだった」
「私がどんくさくても、大事なことは忘れないでください」
鼻をさすりながらミーナが言った。それにエドアルドはニヤリと笑った。このエドアルドという男は、何かしらミーナで楽しんでいるように見える。この男が笑うたびに嫌な予感しかしないのはなぜろう。
「まだ、フレドリックは寝ている」
「はい?」と語尾をあげてしまった。「えっと、どういうことでしょうか?」
「どうもこうも無いのだが、たいていフレドリックは朝方に寝て、昼過ぎに起きる」
「はあ」
「だから、今、研究室へ行ってもフレドリックは寝ている」
「ええと、でしたら私は何をしたらよろしいでしょうか」
「それを今から行って説明する」
再びエドアルドが歩き出したため、ミーナは四歩下がって歩き出した。
「ここがミーナ、君の職場になる」
エドアルドはノックもせずにその部屋の扉を開けた。「相変わらず酷い部屋だな」
ミーナも恐る恐る一歩足を踏み入れた。この部屋を見て、なんとなく状況を理解した。研究部というのは本当に名ばかりなのだろう。執務席のような立派な机が一つ置いてある。その周りには本とか書類が散乱している。それから、いかにもとりあえず置いてみました的な小さな机。
「そこが君の机ね。それでこっちがフレドの机。あと、そこが奥の部屋に通じる扉。フレドが寝てる」
「えっと。オリンさまはこちらに寝泊まりされているのでしょうか」
「まあ、そうだな。そしてたいてい、この部屋から出ない」
「はあ」
気の抜けた返事しかできない。
「悪いけれど。今日はフレドが起きるまでにこの部屋を片付けてくれないかな。俺もソファに座れないし」
その視線の先には高く本が積み上げられていた。多分、この積み上げている元の場所がソファなのだろう。
「はい。承知しました。今日はお昼までに片付けですね」
「そうだね」
「では、明日からは?」
「明日から?」
「あの。オリンさまはお昼過ぎまでは起きてこないのですよね? その間、私は何をしたらいいのでしょう」
「掃除と洗濯と食事の準備」
「え?」
「というのは冗談だが。まあ、フレドの生活能力は著しく乏しい。それを補うようなことをしてくれたら、あとは自由にしてかまわん」
結局、掃除と洗濯と食事の準備をしておけ、ということなのだろう。
「でしたら。オリンさまが寝ている間は、騎士団の方の訓練に参加させていただいてもよろしいでしょうか?」
「なんだ? 騎士団が恋しくなったか?」
「えっと。体力の衰えが心配でして」
ミーナが口にするとプッとエドアルドは吹き出した。
「わかった。ミーナの体力が衰えないように、俺からトファーには連絡しておく」
「ありがとうございます」
彼女がペコリと頭を下げると今日も高く一つに縛ってある髪の毛がふわりと元気に揺れた。
「やはり、君にはこちらの方が似合うな」
エドアルドが褒めたのはミーナの髪型。一つに高く縛っている方がミーナらしい。
それからフレドリックの部屋の世話をしているという侍女を紹介された。ミーナ様が間に入ってくださるなら、非常に仕事がやりやすいです、と涙ながらに言われた。
ミーナは本当に部屋の掃除をする羽目になってしまった。というのも、フレドリックが本当に姿を現さない。さすがに魔導士団の正式配属の初日から、騎士団のほうに顔を出すのはどうなんだろう、と悩み、今に至る。
隣へと続く扉に視線を向けるが、それが動く様子も無いし、その部屋からの物音も一切聞こえない。
ミーナは一冊の本を手にした。これらを片付けなければ、と思い改めてこの部屋を見回すと、片付け甲斐がありそう。フレドリックが起きてくると逆に面倒くさそうだから、今のうちにさっさと片付けることにした。片付けながら、自分が読みたい本を探そう、とも思うところが、ミーナの前向きなところでもある。
お昼を過ぎたころ、隣へと続く扉が開いた。
「おはようございます」
「ああ、今日からだったのか」
フレドリックの長い茶色の髪はボサボサだった。もしかして、もしかしなくても、寝起きは悪いのか?
「あの、オリンさま。お飲み物か何か、準備いたしましょうか」
「先に湯を浴びる」
そうか、だからこの部屋には浴室もあるのか、とミーナは思った。本当にこの人はここに住んでいるんだな、と。研究室というのも名ばかりで、この部屋全体がフレドリックの住処に違いない。
オリンが浴室を使っている間に、ミーナは簡単な食事の準備をした。湯を沸かし、パンを焼き上げる。そう、この部屋にはなんでもそろっていた。
食事ができそうなテーブルを綺麗に拭いて、そこに食事を並べていると、目の前を何かが通りすぎた。だが、この部屋にいるのはミーナとフレドリックのみ。となると、目の前を通り過ぎた何かはフレドリックでしかあり得ないのだが。
「オリンさま」思わず声をかけてしまった。「できればお召し物を着ていただけると、助かるのですが」
「ああ、そうか。今日からお前がいたのか」
言いながら、フレドリックは一度奥の部屋へと姿を消した。さっきもそんなことを言いましたよね、とミーナは心の中で呟きながらも、今、見てしまったものを脳内から追い払うことにした。
寝起きのフレドリックは、人間としてもポンコツだった。