冷徹な恋愛小説家はウブな新妻を溺愛する。
「それで、一体どこへ?」
「実家だ」
唐突な言葉に一瞬呼吸が止まった。
「じ?じ、実家って…」
「もちろんわたしの実家に決まっているだろう?結婚しろと前々からうるさくて敵わなかったんだ。しまいには縁談話しまで持ちかけてきて…。だから結婚の報告すれば煩くなくなると思ってな」
室井さんのご両親、かぁ。
「でも、ご実家に行くなら、わたしのこの格好ではーー」
「可愛いから構わん」
「っっ!」
室井さんはひとりの世界に入ってしまったらしくご両親への愚痴をブツブツ言っている。
い、今の言葉ってーー。
「ふふっ。無意識のうちに本音が出たのでしょうね」
スススーッとわたしの隣にきてまり子さんが嬉しそうに微笑む。
わたしはと言うと、嬉しさと恥ずかしさで顔だけじゃなくて、全身が熱く熱を持ったーー。
気難しくて、神経質で、ぶっきらぼうだけど、
室井さんはきっと優しい人。
ーーこの時、わたしの心の中で確かに何かが動き出したのだった。