冷徹な恋愛小説家はウブな新妻を溺愛する。
ご実家へは車で高速を使っても2時間かかるとのこと。
そして、ご両親はわたし達とランチを共にしたいと言っているらしく、その時間を考えるともうすぐ家を出なくてはならない。
先に玄関へ向かった室井さんを追いかけると、そこにはウェッジソールの可愛らしいサンダルとサンダルと同系色のカゴバッグが用意されていた。
「まり子さんっ、これーー」
「時間がない。行くぞ」
「あっ!は、はいっ!」
「お二人ともお気を付けて」
まり子さんが笑顔で手を振ってくれている。
やっぱり、おばあちゃんを思い出す。
ダメ。今はこれから成すべき事だけを考えるのよ、千聖。
そう自分に言い聞かせて、慣れないヒールのサンダルに足をとられながらも急いで車の助手席に座った。
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自宅を出発して然程(さほど)経っていない頃、室井さんが前方を見たまま、
「ところでキミは乗り物酔いはするのか?」
と、聞いてきた。
「…どうでしょう。わたし、乗り物にはほとんど乗った事がないのでよく分からないんです」
「電車やバスにもか?」
「は、はい…」
そうか。と呟いた室井さんはひと呼吸置いてから、
「助手席のドリンクホルダーに入れてあるのは冷えた麦茶だ。ダッシュボードには酔い止めの薬が入った巾着袋がある。念のため飲んでおくといい」
テキパキと教えてくれた。
「…」
「あぁ、ちなみにその酔い止めは眠くならないタイプの薬だから安心して飲んでいいぞ。ーーわたしも、なるべく荒い運転にならないよう気を付けるつもりだ」
「あ、は、はい…。ありがとう、ございます」
言われるままにダッシュボードから巾着をだして冷えた麦茶で酔い止めを飲む。
わたしが薬を飲んだのをチラリと横目で確認した室井さんの口からは次々と思い遣りの言葉達が出てきた。
「トイレに行きたくなったら早めに言うんだ。高速は一定間隔でサービスエリアがあるが、万が一渋滞にハマったらトイレに行きたいタイミングで行けなくなるからな。あと、冷房をきかせているが寒くなったら言えよ。あぁ、ブランケットは後ろに置いてあるから腹を冷やさない為にもかけておけ」
呆然としながら感動した。
ここまで配慮出来る男の人はそうそういないんじゃないだろうか。
それを、この不器用な室井さんがと思うと…。