冷徹な恋愛小説家はウブな新妻を溺愛する。
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「着いたぞ」
仁さんの声で緊張して下を向いていた顔をパッと上げる。
「え、」
思わずポカンと口を開けてしまった。
わたしたちの目の前に建っているその家は、ごく一般的な一軒家だったのだ。
「行くぞ」
いつまでもその場に突っ立っていたわたしの手を強引にひいて仁さんはチャイムも鳴らさずに玄関のドアを開けた。
「オヤジ、おふくろ。帰ったぞ」
少し狭い玄関で靴を脱いでいると、まり子さんと同じぐらいの歳の老女が「仁!お父さん、仁が帰ってきたわよ!」居間に居るだろうお義父さんに声をかけながらわたしたちのところへ急いでやってきた。
そして、わたしを見るなりそのつぶらな瞳が点になった。
「おふくろ。俺の嫁の千聖」
「はっ、はじめましてっ!」
固まっているお義母さんにペコリと深くお辞儀をすると、お義母さんもハッとして、
「初めまして、仁の母です」
ペコリと頭を下げた。
「オヤジは居間?」
「え?え、ええ、そう、だけど…」
「千聖、遠慮なく上がってくれ」
「え?あ、は、はいっ!お、お邪魔しますっ」
「はいっ、ど、どうぞ!」
わたわたするわたしとお義母さんをよそに仁さんはスタスタと居間らしき部屋へと入っていった。
わたしも慌てて後を追いかける。
すると、そこには大きなちゃぶ台を囲うように4枚座布団が敷かれ、そのうちのひとつに白の半袖の下着とステテコと腹巻き姿をした仏頂面のおじいちゃんがドカリをあぐらを組んで座っていた。
き、気難しそう…。チャキチャキと言うか…。
「オヤジ。嫁を連れて来た。千聖と言う」
「はっ、初めましてっ!」
わたしがペコペコ挨拶すると、おじいさんはギロリとわたしを睨んだ。
こ、怖いよぉ〜。
けど、これも仕事だと思えば…!
恐縮し過ぎて笑顔が引きつるけど、それでも笑顔のままでいるわたし。
でも、もうこれ以上間が持たないっ。