冷徹な恋愛小説家はウブな新妻を溺愛する。
「私が作家だと言う事は以前話した筈だが…
書いている作品のジャンルは伝えなかったろう?」
わたしは黙ったままコクリと頷く。
「…わたしが書いているのは…、れ、恋愛小説なんだ…」
そう言うと、わたしの反応を見る前に目を瞑り再び天を仰いだ。
「こんな良い歳したオジサンが、恋愛小説家だなんて、キミには絶対に言いたくなかったんだ。言ったら、引かれるに決まっているからな…。だから仕事関係の人間を家に呼ぶ事はしなくなったんだ」
そこまで言うとチラリと左目を薄く開けてわたしを見た。
わたしは驚き過ぎて何も言えない。
その様子を見た仁さんがかなりの悲壮感で項垂れ落ちてしまった。
「素敵です…」
ぽそっとしたわたしの小さな呟きがしっかり聞こえたらしい仁さんは尚も崩れたままだ。
「そう気を使わなくてもいい…」
「作家ってだけで素敵なのに、恋愛小説家だなんて…!作品全部読みたいですっ!」
わたしのテンションが急に上がり、仁さんはギョッとしながらも、
「絶対にダメだ!」
強く否定してきた。
「…もしかして、エッチなシーンが満載とか…?」
「っ!私は純愛ものしか書かんっ!」
すっかり楽しくなって先程までの激情がどこかへ行ってしまった。
何だったんだろう?あの感じ。
「どうした?」
わたしの変化にすぐ気付いてくれる。
「あ…、今はもうどっかに行っちゃったんですけど、仁さんから女物の香水の匂いした直後からさっきまで、何だかよくわからない激しいものが渦巻いてるような感覚だったんですけど…、それが何だったのか自分でも分からなくて、」
うーんと唸るわたしに、仁さんは
「それはわたしにも分からんが、もし、嫉妬だったなら嬉しいがな」
「…しっと?」
「千聖は嫉妬を知らんのか?」