冷徹な恋愛小説家はウブな新妻を溺愛する。
「貴様、わたしの大事な妻に何してる」
まるで地の底を這うかのような低く威圧的な声。
それなのに、わたしを抱きしめる腕はすごく、すごく優しくて泣きたくなる。
「じんさ…っ」
堪らず仁さんの腕の中でくるりと向きを変え抱き着いた。
「千聖、帰ろう」
先程の地を這うような声音の主とは考えられないほど、愛しみ溢れた声。
「はい。…あ、でも、まり子さんが、」
「大丈夫。まり子さんには連絡入れておいた」
その言葉を聞いてホッと息つく。
わたしの腰を抱いたまま店を後にしようとした仁さんは、未だに呆然としている松永さんに凍るような視線を向けると、
「…解っているとは思うが、お前はクビだ。この事は本社にも報告させてもらうから、そっちの方も覚悟しておけよ」
そう捨て台詞を吐いた仁さんは店を出てすぐに出版社に連絡を取り、事情を説明して午後から予定されていた打ち合わせを断って、わたしと一緒に自宅へと戻った。
リビングに誘導されたわたしはソファーのいつもの位置に座ると、仁さんがお茶を淹れて運んできてくれた。
「…大丈夫だったか?リラックス効果のあるカモミールティーだ。まり子さんのように上手くは淹れられなかったが、飲まないよりはマシだろうから、」
わたしの為にと用意してくれていたお気に入りのティーカップにカモミールティーをコポコポと注いでくれて、飲むように促してきた。
仁さんがここまでしてくれるのって、珍しいな。
そう思いながらお花の良い香りがするお茶をひとくち口に含み、こくりと喉に流す。
するとたちまち恐怖感と安心感が混じったものがグワッと襲ってきて涙が一気に溢れた。