冷徹な恋愛小説家はウブな新妻を溺愛する。
「…これを聞いても驚かないところを見ると…仁、お前、感づいていたのか?」
「俺とまり子さんには何かがあるとうっすら思っていた程度だったが、今朝その写真と裏の「ひとし」と言う名で確信したよ」
「…そうか。解っているならば話しがしやすくて助かる」
ふぅ。と、お義父さんが緊張を解くために息を吐いたタイミングで仁さんが切り込む。
「オヤジ。まり子さんの行方のあては?なんで居なくなったりしたんだ?」
「確証はないが…、生まれ故郷に帰ったのかも知れん」
「生まれ故郷…?」
「あぁ。ここから山をみっつ越えたところにある小さな山村だ。…なぜ居なくなったのかは、心当たりがひとつだけある」
「なんだ?」
「まり子さんはな、仁。お前が心から幸せになったのを見届けたら余生をひとり生まれ故郷で過ごすと決めていたんだよ」
「…そんなっ、そんなの、」
寂し過ぎるーー。そう言おうとしたのに溢れる涙が邪魔をして言えなくて。
そんなわたしを話しをしている仁さんの代わりにお義母さんが優しく抱き締めて涙を拭ってくれた。
「ーーあとひとつだけ。俺の本当の父親は…」
「それが判らんのだ。どんなに問い詰めてもそれだけは頑として教えてくれなかった」
「…」
仁さんはお義父さんの言葉を聞いて黙りこくってしまった。
代わりに何とか涙を止めたわたしが口を開く。
「…あの、お義父さんとお義母さんは、元々まり子さんとお知り合いだったんですか?」
「いいえ。全くの赤の他人よ。ある日、まり子さんがあの森の家の近くで倒れているのを私達が助けたのよ。私達も、仁、貴方の泣き声が耳に入ってこなかったら気付かないような所で倒れていた。住むところも身寄りもお金もなかったまり子さんを家政婦として雇い、住むところを与える代わりに貴方を養子に迎えたいと言ったのは、私なの」
「おふくろが?」
仁さんの目が一瞬険しくなった。