冷徹な恋愛小説家はウブな新妻を溺愛する。
「当時、結婚10年を過ぎた時だったかしら。どんなに努力をしても、どんなに強く願っても、私達の元へ赤ちゃんが来てくれなくて、悩みすぎた私は鬱病になってしまってね。生きているのさえ辛く思えてた頃にまり子さんとの出会いがあって。…いま考えても母親から子供を奪うなんて、酷い事をしたと後悔してもしきれない…っ」
「…お義母さんっ」
堪らず涙を流すお義母さんを今度は私が抱き締める。
「仁。すまない。父さんと母さんは人として許されない事をした。…すまない」
お義父さんは仁さんに向かって深く頭を下げ、その身体は涙を堪えているかのようにすこしだけ震えていた。
「…まり子さんは、いつも笑顔だった」
ポツリと呟いた仁さんにわたし達は一斉に視線を向けた。
「オヤジとおふくろがあの家を出た時、俺、まり子さんに言ったんだ。「まり子さんももういつまでも家政婦をしてなくていい。室井に縛られる事なく自由にしてください」って。そしたらまり子さん、「坊っちゃまの世話を焼くことが何よりも幸せだから、坊っちゃまに最愛の人が出来て心から幸せになるまでは側に居させてください」。そう、言ったんだ…。ニコニコ笑って」
淡々と話す仁さんの声が微かに掠(かす)れている。
「そして俺は、千聖と出逢って心から幸せになれた。…だけど、そこにはまり子さんも居ないとダメなんだ。俺にとっても、千聖にとっても、まり子さんは…っ」
仁さんが、こんなに感情的になるなんて。
わたしは尚も込み上げてくるものをグッと堪えた。
そして、
「わたし、まり子さんを迎えに行きたいです」
言った。
ご両親がハッとした表情でわたしを見る。
仁さんもわたしの言葉に目を見張ったが、すぐにその眼に強い輝きを放ち、
「オヤジ、おふくろ。まり子さんの生まれ故郷とやらの場所をもっと詳しく教えてくれ。まり子さんが本当の母親だからとか関係なく、彼女はもう俺達にとって「家族」そのものなんだ」
仁さんの言葉にわたしも強く頷いた。
ご両親も仁さんの言葉を飲み込み、何度も頷き、まり子さんが向かったであろう故郷の住所を快く教えてくれて。
わたしと仁さんはご両親にお礼を言うとすぐさま、まり子さんの元へ車を走らせた。