きみは溶けて、ここにいて【完】
身体ごと、彼のほうへ向ける。
「待たせて、ごめん」と、透き通るようなテノールが控えめに言葉を紡いだ。
「……影、君?」
少し、声が震えてしまう。
頼りない月明りに照らされた彼の瞳が、揺れたような気がした。
どうしたのだろうか。
首を傾げたまま、じっと返事を待っていたら、不意に手首をつかまれる。
「……文子、さん、」
「影君?」
ぱちり、瞬きの後に、透明の新星がひとつ、弾けたような気がした。
目の前で、薄い唇が開く気配がする。
―――「行こう」
意志の強い声だった。
行くって、どこに。
そう疑問を投げかけようとしたときには、もう、手首を掴まれたまま、引っ張られるように駆け出していた。