きみは溶けて、ここにいて【完】
それからしばらくは、自分がしてしまったことをほんの少し後悔しながら、その人が生きているのか、ただ、それだけを心配していた。
だけど、私、知らない間にその日のことなんて、すっかり忘れてしまっていた。
覚えていたくなかったのかもしれない。
それ以外の気がかりなことに、いつの間にか埋もれてしまった、鈍色の記憶。
震えている。
こころが、恐怖ではなく、言葉にしがたい感情でいっぱいだった。
「その人は、すぐに行ってしまったけれど、……この世界で、誰かに存在を認められて、優しくされたのは、それが、はじめてで、僕は、嬉しくて、僕は、とてもだめな存在なのに、それが嬉しくて、存在していてよかった、って、僕のことなんて何にも知らない人が、僕なんかのために、優しくしてくれて、」
嬉しかったんだ。
その声に、影君の輪郭があやふやになる。
ぼやけていく。何を思うべきか、とか、何を思わないべきか、なんて、考えることさえできずに、溢れてきそうな何かを堪えるために、ぎゅっと唇を噛む。
「……家に帰って、タオルを洗濯した。畳んでしまっておこうと思った。その時に、裏に名前が書いてあるのが見えた」
「っ、うん、」
「―――保志文子、って書いて、あった。もう二度と会えないだろうけど、忘れないでおこうと思った。僕は僕なんだ。陽ではなくて、僕は、僕だ。この人のやさしさをもって存在できているような気がした。きっと、いつか、消えてしまうと、本当は、最初から分かっていたんだ。寿命のようなものは、誰にでも、ある。それでいいと思った。だって、本来は、陽の身体だ。だけど、陽がいった高校に、君がいて、今年、同じクラスになって、奇跡みたいだと、思った。そうしたら、もう、だめで。僕は、わがままで。……だんだんと自分というものが小さくなっていくのを感じながら、最後に、この人ともう一度、話したい、と思った」
「っ、う、」