きみは溶けて、ここにいて【完】
苦しそうな表情のように私には見えた。
だけど、すぐに影君は、「……嫌なんて絶対にない。すごく、楽しみ」と付け足して、頷いた。
雨は一向に止む気配がなく、街全体を濡らしている。私たちは駅を出て、別々の傘の中に入りながら、歩いた。
傘に隠れて表情があまりわからない。雨音のせいで、なかなか歩きながら、会話もできない。
だけど、ただ一緒に歩いているだけで、私は満たされて、まだ、もう一度彼に会えたことに対しての喜びに包まれたままでいた。
街はずれの小さな映画館の前で、足を止めた。
「映画?」と、影君に尋ねれられ、「もちろん、恋愛映画ではない、から」と答えたら、影君が傘の向こうでほんの少しだけ口角を優しく上げた。
シェイクスピアの生涯を映画化した作品。
それが、上映されるとホームページに書いてあった。影君の手紙に、シェイクスピアの詩のことが書かれていたから、もしかしたら、彼は気に入ってくれるかもしれない、と思ったんだ。
「これなんだけど、どう、かな」と、数枚のポスターの中から、影君と見たいと思っていた映画のポスターを指さしたら、影君はじっとそれを見つめて、「僕も、見たい」と言ってくれた。
私と影君は、映画館の一番後ろの隅で、映画を鑑賞した。