きみは溶けて、ここにいて【完】
彼を、思い出すたびに、今も、心臓は苦しい音を立てる。
朔とは、小学校も、中学校も同じだった。人見知りをしがちな私にとって、一番仲のいい友人だった。中学一年生の秋、学校からの帰り道だったと思う。
俺は男の人が好きなんだと思う。
彼は、私にこっそりとそう教えてくれた。文ちゃんにしか言わない、と言って、私の反応を確かめるような、少し怯えた目を彼はしていたと思う。
私は、その時、慎重に頷いて、あとはもう何も言わなかった。朔が私を好きになることはないんだ、とほんの少しだけがっかりしていたのかもしれない。
あの頃、朔が私に打ち明けたものはとても難しい秘密で、まわりにあまり理解してもらえないかもしれないということに、私も朔も少しだけ気づいていた。
だから、そっと、壊れないように、守っていたかったんだ。本当に、私、そう思っていた。
「……その人にね、一番、言ってはいけないことを、言ったんだ。どう伝えればいいか分からなくて、だけど、目を覚ましてほしくて、私、うまく、言葉がつかえなくて、それでも、すごく、大切だったから、その気持ちを武器みたいにして、その人のこころを壊してしまった」
中学二年生の春、朔に、恋人ができた。
四十歳の男の人で、仕事はしていないけれど、優しい。そう言っていた。嬉しそうに、教えてくれた。朔は、本当に幸せそうだった。
たぶん、あれは、朔の初恋だったんだと思う。
だけど、私は、朔が絶対に騙されていると思って。何か、その男の人に危険な目に合わされてしまうんじゃないかと思って。