きみは溶けて、ここにいて【完】





「……嘘、つきだ。影君」


 私は、今、その嘘を大切に心の中で抱きしめるしかなかった。

どうしてそんな嘘をついたのか分からないまま、そうするしかないのだと思った。


涙目のまま、森田君に視線を向ける。


森田君は、少しだけ悲しそうに眉をよせたまま、「泣かないでよ」と言う。

私は、首を横に振って、「悲しい涙じゃない」と返事をした。




「……私、好きだって言ったの、影君に」

「そっ、か」

「ありがとう、って言ってた」

「……そう」

「あの日は、それだけ、だよ」



 ありがとう、って、それがたぶん、全てだった。泣きながら、少しだけ、頬をゆるめてしまう。


悲しいのに、温かくて、寂しくて、やっぱりまだ思い出にはできるわけがなくて、それでも、そのすべてが優しさに包まれているような気がして。


弱さではないのだと、あなたが必要なのだと、ちゃんと、影君に伝えることができていたのなら、もう十分なのかもしれない。


< 206 / 232 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop