きみは溶けて、ここにいて【完】
花壇の隅から順番に、水を降らす。この場所で、不思議なカミングアウトをされたんだった。
まだ片手を折るほども森田君の頼みごとを引き受けてから日数は経っていないのに、随分と前のことのように感じていた。
手紙をもらって、手紙の返事を考えて、そのことで頭がいっぱいになっていたからだと思う。
確か、このあたりに森田君は腰かけていた。
ジョウロを片手にぼんやりと考える。
身体を共有している影君も、きっと森田君のことをすごいと思っている。ひょっとしたら、羨ましいとも思っているかもしれない。
もらった手紙からは、ほんのちょっとそういうニュアンスが含まれていた気がした。
どこにも欠点が見当たらない。そんな人と、おんなじ身体を共有するなんて、私だったら、なんだか、苦しい。
影君のことを、頭に思い浮かべることは難しくて、私はどういう風に、イメージをすればいいのか分からなかった。
だけど、私は断らないイエスマンだから森田君に頼まれただけであったとしても、日直の代わりとか、宿題のためにとか、そういう都合のいいだけの存在としてではなく、影君にとっては自分が、友達のような存在として必要とされていることを嬉しいと思っていた。
そんな重要な役は、自分にふさわしくないと分かっているのに、嬉しかったんだ。
そんなことを思いながら、ジョウロを傾ける。
それで、こっそりと、頬をゆるめてしまったとき、こころに刺さったままのナイフが、咎めるように刃を深めて、胸の奥がちくりと痛んだ。