きみは溶けて、ここにいて【完】
影君は、お蕎麦とトカゲが好きで、恋愛映画が苦手だそうだ。
誰かを馬鹿にするような目がとても嫌で、可哀想という言葉が苦手で、感動的なものに涙する人間が、平気で違う場面で嫌なことができてしまうという事実に一番の恐怖を抱いている。
それから、言葉のいらない優しさは、世界共通だから一番難しくて、だからこそ温かいものなんだと思っているらしい。
綺麗な筆跡の手紙の中で、私は影君の好きなものや苦手なものを知って、少し薄暗い考え方を感じ取った。
その薄暗さだけは、なんとなく、やっぱり、自分と似ていると思ってしまった。
だけど、影君は薄暗いだけじゃなくて、そのなかには頼りないけれど、ほわんとした光があって、きっと彼はとても慎重で、少し臆病で、それでもとても優しい性格なんだと思った。
そういう具合で、受け取った手紙が増えるにつれて、森田影という存在は、じわじわと自分の中で確かになっていった。
きっとそれは、影君の方も同じだったんじゃないかと思う。
自分のことを話していれば、棘は含まれにくい気がして、ほんの少し軽率になれてしまう。
心が近づくことを恐れながらも、私は影君に自分の好きなものや苦手なものを手紙の中でちょっとずつ伝えた。