きみは溶けて、ここにいて【完】




早足で、生徒玄関から一番近いトイレに入り、封筒の裏を確認する。


森田影、と書かれている。

ボールペンのその字が、いつもより少し、固いような気がした。



カサカサと紙の音をなるべく立てないように、中から便箋を取り出して、開く。珍しく、一枚だけだ。

保志 文子様、一番上の文字はいつも通りだけれど、分量は少なく、便箋の中途半端なところで終わっていた。






保志 文子様  


返事を待たずに、続けて手紙を書いてしまってごめん。僕は、今もやっぱり面白いことが言えていないだろうし、自分には何も取り柄がないと思っている。だけど、こうして、あなたに手紙を書いているのが楽しくて。

もしも、文子さんが、僕との文通を面倒になっていたら申し訳ないけれど、どうしても、楽しい。

ごめん。この手紙はそれを伝えるために書いたわけではなくて。

あのさ、もしも、文子さんが嫌じゃなかったら、一度、休日に会ってくれないかな。これを見て、不快な思いをさせてしまっていたら、ごめん。でも、僕はいつも弱気で、だから勇気がでるのが珍しくて、頑張って提案してみたいという自分の気持ちから逃げ出さない間に、この手紙を書こうと思いました。

あなたに、ようやく会ってみたいと書けて、僕は怖いけど、嬉しくて。ごめんなさい。  



森田 影








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