きみは溶けて、ここにいて【完】




 影君は、どんな表情で、どんな気持ちでボールペンを握って、この手紙を書いたんだろう。

姿を想像したら、どうしても森田君の顔になって、うまくいかないけれど、それでも、影君の文字の微かな震えを、私は感じていた。



 怖いけど、嬉しい。

その気持ちを、私も、最近抱いていた。

わかるんだ。それは、優しくない気持ちだよね。怪獣の傍で眠るような気持ちなんだよね。

違うかな。影君のは違うかもしれないけれど、やっぱり、私たち、似ていると思う。


誰かの存在に近づくとき、本当に怖いけど、嬉しく思えてしまうんだ。その気持ちに対して、ごめん、と思うところまで、似ている気がした。



 封筒に便箋をしまって、自分の胸元に寄せる。森田君に、影君と仲良くなってと頼まれてから、ちょうど一か月ほどが経っていた。


 私は、迷っている。

どうすればいいのか、わからなかった。封筒と心臓を合わせたまま目を閉じたら、すごく不安にもなってきた。



 こんなにも勇気を出して、会ってみたいと書いてくれた人を、実際に会ったときにがっかりさせてしまったら、どうしよう。

身体を所有しているということは、森田君の姿をした影君と会うということになるのだろう。そうなったとき、もしも誰かに二人でいるところを見られて、勘違いされてしまったらどうしよう。



たくさんの薄暗い“どうしよう”で、呼吸が不自由になってしまう。




< 43 / 232 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop