きみは溶けて、ここにいて【完】
そのとき、緊張と不安でいっぱいだったのに、なんだか、現実から少し自分が浮いたような不思議な心地に襲われた。
彼の顔は、強張っていて、笑いだす気配なんてひとつもなかった。ぎゅっと唇を結んで、怯えたような、震えているような瞳が、私を映す。
ああ、そうか、怖いんだ。
緊張しているのは、私だけじゃないんだ。
それで、この人は、本当に。
「……影、君?」
教室で皆の真ん中にいる森田君とは、おんなじ顔なのに、違っている。
身体を共有しているけれど、違うんだということが、ようやく少しわかった気がした。
彼は、こくん、と頷いて、それから、ゆっくりと唇を開く。
「文子、さん」
「うん。……保志 文子、です」
「………あの、ずっと、会いたくて、」
「………うん」
「…………」
「えっと、私も、です」
影君に合わせて、そう答えたけれど、口に出したら、本当に影君に会いたいと自分が心のどこかでは思っていたんじゃないかという気がしてきて。