きみは溶けて、ここにいて【完】




 影君は、本当に森田君とは大違いだ。


にこにこと笑う気配なんてひとつもない。同じ姿かたちなのに、だんだんと別人のように見えてきていた。表情や姿勢ひとつでこんなにも変わるのかと驚く。



 文子さん、と名前を呼ばれ、ハッとして目を合わせる。


影君は、目の横に少し皺をよせて、みんなに囲まれていつも幸せそうにしている森田君とは、全然違う口角をあげた。

だけど、なんだかその表情を見たことがあって、あ、と思う。なんだろう。思い出せない。

だけど、思い出したいんだ。



 頼りない記憶を探ろうとしたら、その前に、影君が話し出す。



「……僕は、人を傷つけることに鈍感な人より、敏感な人の方がいいと思う。でも、きっと、生きやすいのは、鈍感な人で。傷つけることに敏感なほど、この世界は窮屈になっていくんだ。だって、傷つけることに敏感な人は、傷つくことにも敏感だから。小さな傷を、癒すのにたくさん時間がかかるから。……僕はさ、陽よりも、文子さんよりも、この世界をちゃんと知れていないかもしれないけれど、そう、思う」

「う、ん」

「……自分が傷つきたくなかったら、傷つくこと全てから、逃げてもいいと思う。それを、責めることができるのは、自分だけ、だから」




 この人は、影君は、なんてことを言うんだ、と思った。それは、限りなく優しい意味で。



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