年下男子に追いかけられて極甘求婚されています
「ありがとうございました」

「気を付けていってらっしゃいませ」

女将の挨拶と共にスタッフ一同丁寧にお辞儀をする。

「ありがとう。また来ます」

にこやかに去っていくお客様の姿を目の当たりにすると、先ほどの愛莉ちゃんの言葉がすっと胸に染み渡っていく。ここ富田屋で癒されたであろうお客様の晴々しい姿は、逆にスタッフの心を癒していくのだ。

お客様のお見送りが完了し、ようやく私の女将修行が終わった。

女将というよりは旅館で働くということを学んだのだと思う。完全に把握できたわけではないけれど、旅館での仕事内容や働き方の仕組み、お客様との関わり合い。これらは普段事務で働く私とは全く異なるものだった。

着替えが終わると女将さんがお茶室へ案内してくれ、お茶と和菓子を出してくれた。ちょうどよい温度のお茶が疲れた体に染み渡る。そういう小さな心遣いも、おもてなしの心として大事にしている女将さん。

お茶室へは続けて潤くんと潤くんのお父さんが入ってきた。私の隣に潤くんが座り、対面にご両親が座る。

「どうだったかしら?」

女将さんが尋ねる。さながら面接のようで緊張で背筋が伸びた。

「そうですね、目まぐるしい一日でした。でも、女将修行は旅館の仕事を知るためでもあったんですね?」

私が言うと、女将さんはふふふと微笑んで旦那さんを見る。旦那さんは眉を下げ、小さく頷いた。

「この人ね、元々会社員だったの。この仕事をしてると土日休みの彼とまったく時間が合わなくてね。それが原因でケンカになっちゃった。結婚をやめようかなんて話も出たくらい。でもまあその後いろいろあってこの人は旅館の仕事をすることになったけど、なぎさちゃんは潤と結婚するからって囚われなくてもいいのよ。ただ旅館業を知っておいてほしいだけ。過保護かもしれないけど、仕事のせいですれ違いが多くなってケンカするなんてしてほしくないのよ。試すようなことしてごめんなさい」

私は潤くんと顔を見合わせる。
確かに、今回の経験でわかったことがいくつかある。本来の私の仕事と潤くんの働き方はまったく違うこと。今までだってデートするのにお互いの予定を合わせるのが大変だった。そのことに不満を持ったことだってあるしイライラしたこともある。

だけど今ならわかる気がする。それは潤くんの働き方を知らなかったからなんだって。毎日決められた時間で仕事をして休日も曜日が決まっている勤務形態なら想像はつきやすいけど、シフト勤務は経験しないとわからないことが多い。

「ありがとうございます。そんな風に考えてもらえて嬉しいです」

「こちらこそ、無理をさせてごめんなさいね。あなたたち、幸せになってね」

女将修行をしたことでご両親にあたたかく迎え入れてもらえた気がして胸が熱くなった。それは潤くんも同じだったみたいで、お互い潤んだ瞳に気づくと照れたように笑った。
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