【短】アイ・ビー・ト
「……懲りないね」
駅を過ぎた、路地裏。
ビルの隙間の薄暗闇に、彼女のシルエットが浮かび上がる。
逃げるのをやめたのか。
それとも。
おびき寄せられたような気もして、息が上がった。
「惚れてもいいことないって言ったのに」
ほんと、いいことないよ。
わかりきってんだよそんなこと。
「でも、もう」
汗がにじみ、くしゃりと歪んだ卒業証書に、おもむろに手をかける。
――ビリビリッ!
力強く破り捨て、笑ってやった。
「惚れちゃったんだから仕方ないよな」
彼女の少し痩せた頬が、力なくゆるんだ。
「あたし、やばいヤツらに追われてんだよ?」
「知ってる」
「……悪い子」
「ん、知ってる」
あんなにきれいに手入れされていた、彼女の手は、ひどく汚れていて。
はげた淡い色さえも、俺の心臓に追い討ちをかける。
「ふたりで逃げよ」
一生このまんまでもいいや。
〈end〉