竜の生贄として捧げられることになりましたが、何故か守護竜に大切にされています
妹に婚約者を奪われ竜の供物として生贄にされることになりました
「イリス! 貴様との婚約を破棄する!」
それは突然のことでした。
婚約者に呼び出された私を迎えたのは、婚約者によるそんな宣告でした。
私の婚約者の腕の中には妹のティアナが収まり、勝ち誇ったように私を見てきます。
そういうことですか。
その光景を見て、私は一瞬で何が起きたのかを悟ります。
ティアナは昔から何をやっても要領が良く、両親から大切に育てられてきました。
小動物のような可愛さで、異性の庇護欲をそそるふわふわした雰囲気。
婚約者から「愛想がない」と言われ続けた私とは大違いです。
「どうして、いきなりそのようなことを?」
「黙れ! 貴様は妹が『聖女』に選ばれたことに嫉妬して、家では人目を盗んで苛め抜いたらしいな。そのような卑怯者は、俺の婚約者には相応しくない!」
ティアナはおろおろと、私と婚約者との間で視線を彷徨わせていました。
まるで事態に付いていけないと言わんばかりの表情ですが、私にはそれが演技だと分かります。
この子はこれまでも、泣き真似ひとつで周囲の人を望むままに動かしてきましたから。
「誤解です。私はティアナに何もしていません」
「嘘を付くな! 顔を合わせれば嫌みを言うのは当たり前。夕食の席では召使いの真似事をさせられたと、涙ながらに訴えてきたぞ? 血のつながった妹に、よくもそんな惨いことが出来たもんだ。恥を知れ!」
事実無根の作り話です。
それでも私の言うことは、何ひとつ受け入れられる事がないのでしょう。
「心優しい聖女であるティアナこそ俺に相応しい。俺はティアナと婚約する!」
「そうですか。どうかお幸せに」
心は冷え切っていました。
もともと両親に決められた政略結婚です。
一方的に物事を断じる元・婚約者には、もはや何の未練もありません。
「お世話になりました」
そう言って私は、婚約者のもとを後にするのでした。
◆◇◆◇◆
婚約破棄が悔しくないと言えば嘘になります。
私は誰とも顔を合わせないまま、部屋に直行しました。
家名に泥は塗るまいと、貴族として恥ずかしくない教養を身に着けてきました。
それでも結果はこのとおり――妹のように中身のないふわふわした笑みを浮かべられれば、少しは未来も変わったのでしょうか?
今となっては、なんの意味のない仮定です。
そんなことを考えていると、侍女のひとりが迎えに来ました。
なんでもお父さまからの呼び出しだそうです。
「お小言でも言うつもりですかね?」
婚約破棄は一方的なものですが、私の失態だと嫌みでも言うつもりでしょうか。
そんなことを想像した私ですが、父の言葉はそんな予想を遥かに上回るものでした。
「『身代わり』ですか?」
思わず聞き返してしまいました。
「ああ、聖女を虐めた悪女だという悪評は社交界に広がり切っている。喜べイリス、そんな役立たずのおまえでも果たせる最後の役割があるのだよ」
妹の身代わりに、聖女として竜の生贄になれ。
父は大真面目な顔で、そんなことを言いました。
私の妹は「聖女」でした。
聖女の役割は、この国を守護する「守護竜」に祈りを捧げることでした。
聖女が竜のために祈りを捧げて、竜は聖女の祈りに応えて国を守護する――この国は、そのようにして竜と共に栄えてきたのです。
「最近は竜の加護が薄れていると聞いてな。竜の怒りを示す『竜の息吹』が天に昇ることも多いと聞く。聖女の祈りが不真面目なのが原因だと、根も葉もないウワサが広がっていてな」
「……」
根も葉もないウワサではなく事実でしょう。
ここ1ヶ月、妹が竜に祈りを捧げるのを見たことがありません。
余計なことを言っても怒りを買うだけなので、私からは何も口にしませんけどね。
「ティアナを失う訳にはいかない。だからおまえが生贄となることで、竜の怒りを鎮めるのだ」
なにが「だから」なのでしょう。
まったく繋がらない話に、思わず目を白黒させてしまいます。
それでも父にとっては、それはもう決定事項だったのでしょう。
「セバス。すぐに準備せよ」
「かしこまりました」
どうやら使用人たちも、私を生贄に捧げることに何の疑問も持たないようです。
私に味方する使用人は、とっくの昔にクビになっていました。
この家は妹を中心に回っているということを察した人以外は、早々に辞めさせられましたから。
そうして私は侍女たちの手で、竜の生贄に相応しい聖女らしい服装に着替えさせられました。
聖女としての純白のドレスは、どれも妹のために用意されたものです。
それでも侍女たちは「少し手直しすれば使えなくもないですね」と言い、テキパキと私を飾り付けました。
召使い扱いだった私にとって、それは少しだけ新鮮な体験でした。
そうして驚くほどにアッサリと、準備が整いました。
「早く乗れ」
私を竜の元に連れていく御者が、面倒くさそうに私に声をかけます。
ぞんざいな見送りを受けて、私を乗せた馬車は出発するのでした。
それは突然のことでした。
婚約者に呼び出された私を迎えたのは、婚約者によるそんな宣告でした。
私の婚約者の腕の中には妹のティアナが収まり、勝ち誇ったように私を見てきます。
そういうことですか。
その光景を見て、私は一瞬で何が起きたのかを悟ります。
ティアナは昔から何をやっても要領が良く、両親から大切に育てられてきました。
小動物のような可愛さで、異性の庇護欲をそそるふわふわした雰囲気。
婚約者から「愛想がない」と言われ続けた私とは大違いです。
「どうして、いきなりそのようなことを?」
「黙れ! 貴様は妹が『聖女』に選ばれたことに嫉妬して、家では人目を盗んで苛め抜いたらしいな。そのような卑怯者は、俺の婚約者には相応しくない!」
ティアナはおろおろと、私と婚約者との間で視線を彷徨わせていました。
まるで事態に付いていけないと言わんばかりの表情ですが、私にはそれが演技だと分かります。
この子はこれまでも、泣き真似ひとつで周囲の人を望むままに動かしてきましたから。
「誤解です。私はティアナに何もしていません」
「嘘を付くな! 顔を合わせれば嫌みを言うのは当たり前。夕食の席では召使いの真似事をさせられたと、涙ながらに訴えてきたぞ? 血のつながった妹に、よくもそんな惨いことが出来たもんだ。恥を知れ!」
事実無根の作り話です。
それでも私の言うことは、何ひとつ受け入れられる事がないのでしょう。
「心優しい聖女であるティアナこそ俺に相応しい。俺はティアナと婚約する!」
「そうですか。どうかお幸せに」
心は冷え切っていました。
もともと両親に決められた政略結婚です。
一方的に物事を断じる元・婚約者には、もはや何の未練もありません。
「お世話になりました」
そう言って私は、婚約者のもとを後にするのでした。
◆◇◆◇◆
婚約破棄が悔しくないと言えば嘘になります。
私は誰とも顔を合わせないまま、部屋に直行しました。
家名に泥は塗るまいと、貴族として恥ずかしくない教養を身に着けてきました。
それでも結果はこのとおり――妹のように中身のないふわふわした笑みを浮かべられれば、少しは未来も変わったのでしょうか?
今となっては、なんの意味のない仮定です。
そんなことを考えていると、侍女のひとりが迎えに来ました。
なんでもお父さまからの呼び出しだそうです。
「お小言でも言うつもりですかね?」
婚約破棄は一方的なものですが、私の失態だと嫌みでも言うつもりでしょうか。
そんなことを想像した私ですが、父の言葉はそんな予想を遥かに上回るものでした。
「『身代わり』ですか?」
思わず聞き返してしまいました。
「ああ、聖女を虐めた悪女だという悪評は社交界に広がり切っている。喜べイリス、そんな役立たずのおまえでも果たせる最後の役割があるのだよ」
妹の身代わりに、聖女として竜の生贄になれ。
父は大真面目な顔で、そんなことを言いました。
私の妹は「聖女」でした。
聖女の役割は、この国を守護する「守護竜」に祈りを捧げることでした。
聖女が竜のために祈りを捧げて、竜は聖女の祈りに応えて国を守護する――この国は、そのようにして竜と共に栄えてきたのです。
「最近は竜の加護が薄れていると聞いてな。竜の怒りを示す『竜の息吹』が天に昇ることも多いと聞く。聖女の祈りが不真面目なのが原因だと、根も葉もないウワサが広がっていてな」
「……」
根も葉もないウワサではなく事実でしょう。
ここ1ヶ月、妹が竜に祈りを捧げるのを見たことがありません。
余計なことを言っても怒りを買うだけなので、私からは何も口にしませんけどね。
「ティアナを失う訳にはいかない。だからおまえが生贄となることで、竜の怒りを鎮めるのだ」
なにが「だから」なのでしょう。
まったく繋がらない話に、思わず目を白黒させてしまいます。
それでも父にとっては、それはもう決定事項だったのでしょう。
「セバス。すぐに準備せよ」
「かしこまりました」
どうやら使用人たちも、私を生贄に捧げることに何の疑問も持たないようです。
私に味方する使用人は、とっくの昔にクビになっていました。
この家は妹を中心に回っているということを察した人以外は、早々に辞めさせられましたから。
そうして私は侍女たちの手で、竜の生贄に相応しい聖女らしい服装に着替えさせられました。
聖女としての純白のドレスは、どれも妹のために用意されたものです。
それでも侍女たちは「少し手直しすれば使えなくもないですね」と言い、テキパキと私を飾り付けました。
召使い扱いだった私にとって、それは少しだけ新鮮な体験でした。
そうして驚くほどにアッサリと、準備が整いました。
「早く乗れ」
私を竜の元に連れていく御者が、面倒くさそうに私に声をかけます。
ぞんざいな見送りを受けて、私を乗せた馬車は出発するのでした。