君の言葉で話したい。
休憩室から出ると、
ドア付近に、
雨泽がぼんやりと突っ立っているのに、
気が付いた。

「どうしたの。そんなところで。」
さきほど見たシフト表に、
彼の名前は無かった。
大方忘れ物でもして、
店長と鈴のやり取りを見てしまい、
気まずくて入ってこられなかったのだろう。

同情していると、

「あの…。これ。」
「何、これ。花?」

彼は突如、桃色で統一された、
小さなブーケを鈴に差し出してきた。
カーネーション、
ガーベラ、
バラ、
かすみ草など、
鮮やかな組み合わせに、
思わず目を奪われる。

「…くれるの?」
彼は何度も首を縦に振った。
そして、
今日が最後と聞いただから、と、
慣れない日本語で、
一生懸命話し出した。

「私の、せいですよね。」
彼は視線を地面に落とした。

「あの日、変なお客様から、
私を守るのせいで、
いなくなるのですね。」

ぎこちない日本語。
それでも思いは十分に、
伝わってきた。
どんなに話すスピードが遅くても、
最後まで待とう、
そう思うような話し方だった。

「宗さんのせいじゃないよ。」
「でも…!」

私のせいだと、
今にも泣きそうな顔で、
声を絞り出してくる。

「こっち見て、宗さん。」
「……。」
「あんな客が来る店で、
働きたくないと思っただけ。
宗さんのせいじゃない。」
鈴は、彼に伝わるように、
できるだけゆっくりと、
言葉を紡いだ。

雨泽は泣き出してしまい、
目が真っ赤に染まっていた。

研修期間中は、
こんなに表情が変わる人だと、
気づいてあげられなかったな。

鈴のこの店に対する心残りは、
もはやそれだけだった。
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