あなたの写真が欲しくて……
そうして、1年近くが過ぎた。

私は拾った定期券を手に葛藤する。

私は、定期券を返せないまま、晃司先輩と同じ電車に乗り込む。

無人駅だから、定期を見せる必要はない。

晃司先輩は、まだ定期を落としたことに気付いていない。

大好きな晃司先輩の写真の入った定期。

正直に言えば、欲しい。

でも……

私を助けてくれた晃司先輩。

恩を仇で返すようなことはしたくない。

私は、乗り換えのために降りた藤代駅で、晃司先輩の定期券を握りしめて、歩き出す。

晃司先輩と一緒にいた人たちは、藤代駅で降りて改札を出て行った。

「あの!」

私は、一人で反対側のホームに立って電車を待つ晃司先輩の背中に声を掛ける。

振り返った晃司先輩は、驚いた顔で言った。

聡美(さとみ)ちゃん!」

えっ!?

いきなりの名前呼びに、私は驚いて固まってしまった。

あの日、晃司先輩は、ずっと新谷さんって呼んでたはず。

なんで……

晃司先輩は、私の名前を呼んでから、「あっ!」と、慌てて口を押さえた。

「いや、あの、何?」

晃司先輩の顔が、心なしか赤い。

呼び方を間違えて恥ずかしいのかもしれない。

私は、それには触れないように、ただ定期券を差し出した。

「あの、これ、落ちてました」

晃司先輩は、驚いたようにその定期を見つめて、

「あ、ありがとう」

と、それを受け取った。

「いえ、それじゃあ」

私は、ペコリと頭を下げると、別の車両に乗ろうと、隣の印に移動する。

同じ車両じゃ、なんとなく気まずいから。

すると、晃司先輩が声を掛ける。

「あ、あの、新谷さん!」

私が足を止めて振り返ると、晃司先輩は心なしかかたい表情で立っている。

「お茶! 拾ってくれたお礼にお茶おごるよ」

そう言われても……

「いえ、私はただ拾っただけですから」

わざわざお礼をされるほどのことはしていない。

それどころか、私は、あの定期をこっそり盗んでしまいたい衝動に駆られていたんだから。

「いや、ほら、落とし物を拾ってもらったら、1割のお礼をしなきゃいけないんだろ? この定期、七万もするんだから、ほんとは七千円のお礼が必要なんだ。だから、とりあえず、今日、お茶でも奢らせてよ」

私は、罪悪感にさいなまれながらも、それ以上、断ることもできなくて、晃司先輩に促されるまま、駅ビルの中のカフェに向かった。

「あの後、大丈夫だった?」

あの後っていうのは、痴漢事件の後のことよね。

「はい」

検察に呼ばれた時も晃司先輩とは会わなかったし、裁判の時も、私は別室からモニターでの証言だったから、晃司先輩に会うことはなかった。

「あいつ、執行猶予が付いたんだな」

「はい」

あの人は、初犯で反省しているということで、有罪にはなったものの、収監されてはいない。

「でも、電車で見かけることはありませんから、もう使ってないんだと思います」

それだけは、ホッとした。

もう二度と会いたくはないから。

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