鵠ノ夜[中]
「雛乃さんのところに泊まるって嘘ついて、
ふたりで密会でもしてたのか?」
「……やましいことがなくとも、密会?」
「小豆さん、未遂どころじゃねえからな」
彼女を下から見上げつつ、今日の会話を思い出す。
ついさっきまであったはずの少し艶やかな空気は消えて、俺の髪を慣れた手つきで撫でながら、仕事のファイルに目を通している雨麗。
「ただ純粋に……心地いいのよ、今の関係。
熱くも冷たくもないぬるま湯に浸かってられる状況が、ひどく心地いいの」
「……それは、小豆さんとの関係を否定しないってことでいいんだな」
小豆さんの精神的な部分はさておき、ふたりの間にある男女関係に、雨麗はかなり甘えている。
俺らには一切許さないその肌を、彼には惜しみなく晒しているのが何よりの証拠だ。
「……なんの意味も成さねえこと、聞くけど」
「あら、めずらしい」
「御陵なんて組織が、なかったとして」
雨麗は、極道の娘なんてものに縛られないで。
それこそごく普通の一般家庭に生まれて、両親との関係も、良好で。そんな"普通"が、雨麗にあったとしたら。
「小豆さんとも当たり前に、
そばにいられる関係だったら、どうしてた?」
ただただ、ふたりが。
家にも関係にも囚われない関係ならよかったのに、と。そう思うのは、俺とて天祥の家に生まれているからだ。
「……悪いけれど、」